おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

シモン・マグスの書 (20世紀少年 第443回)

 第15巻の16ページ。故ぺリン神父の蔵書の中から或る本を見出したルチアーノ神父は、その伝票の発行元である本屋を訪問した。その本は古い写本に見せかけているが、ルチアーノ神父によると「専門家がみたらすぐ分かる」程度の代物で、つい最近つくられたものだという。神父も専門家のようだ。そして本屋も神父に同意した。

 そんな出来の悪い偽書なのに、ルチアーノ神父が気になっているのには理由があって、ぺリン神父がこの本についてのメモをたくさん残していたからだ。なぜだろうかと神父に理由を問われて、本屋はそんなこと知るかと答えたが、この本を売りに来た者の名前は教えてくれた。コラーニさんというらしい。


 神父はコラーニさんの店に行った。店主を待つ間、神父が書棚から引き出した書物の名は、そこにやってきたコラーニさんによると、紀元1世紀の「シモン・マグスの書」。ラテン語の写本で、棚の中にはアラム語の原典もあるという。紀元1世紀といえば、イエスパウロと同じ時代だ。

 それに、アラム語は当時の中近東で使われていた言語の一つで、イエスやマリアやヨセフは、このアラム語を話していたのではないかという説を聞いたことがある。大変な文献的価値を持つ文書ではないか。もしも本物であれば。しかし、コラーニさんご自身のコメントは、「よくできているだろ?」であった。


 シモン・マグスは新約聖書に登場する人物である。ラテン語で「Simon Magus」。シモンは、今でも欧米に多い氏名、サイモンと語源を同じくするが、マグスは固有名詞ではない。ラテン語オンライン辞書で調べてみると、英語では「magician」、日本語では「魔術師」などと訳されている。言うまでもなく、魔術とは悪いもの、怪しげなものばかりではない。加持祈祷や護摩焚きだって、信じない人にとっては怪しげでも、信ずるものにとってみれば聖なる儀式である。

 最初の「m」を大文字にした「Magus」は、わが家の英和辞典にも載っているのだが「Magi」の複数形であり、「Magi」とは聖書でもダ・ヴィンチの絵でも有名な「東方三博士」のことである。絵画などでは、通常、ダ・ヴィンチのこの作品も含めて3人の博士が描かれるが、聖書の「マタイによる福音書」では博士の人数不明で、ただし複数形である。


 シモン・マグスは、サマリヤ人の魔術師として新約聖書使徒行伝」の第8章に出てくるのだが、今もヴァチカンにお骨がある使徒ペテロから、聖霊を導く技を金で買おうとして、叱られて謝るという精彩を欠く結果を招いている。むしろ、シモン・マグスが歴史に残したものといえば、彼がグノーシス派の始祖とみなされていることであろうか。

 グノーシス派はキリスト教では異端らしいので、ここで詳しく触れることもないが、それでも面白いので少し紹介すると、徹底した一元論・一神教であるユダヤ教キリスト教と異なり、グノーシスは二元論であるとともに、知識を重視し、合理的にイエス・キリストの教えを解釈しようとしたらしい。


 したがって同派によると、イエス磔刑で死んでから三日後に復活したなど大嘘であり、実際に十字架にはりつけになったのはイエスの替え玉であって、本物はこっそりマグダラのマリアと逃げたというのが、グノーシスの主張であるらしい。このあたりは、数年前に本も映画も大ヒットした「ダ・ヴィンチ・コード」に詳しく出てきたはずだ。手元にないので、引用できないけれど。

 第15巻の後半以降において、読者は”ともだち”に関し、なんだか上記と似たような話の展開を追うことになる。一度死んで復活したのか、死んだふりしただけで生きていたのか、別の誰かと入れ替わったのか、永遠の生命を手に入れたのか。グノーシスの合理性重視と、しつっこさを見習って読もうではないか。


 コラーニさんは、ここにある本ばかりでなく、世界中に「私の作った古文書」が大量に高値で出回っていると自慢し、ルチアーノ神父が持参した本も自分の作品であることを、あっさりと認めた。コラーニさんは、神父がある意味で同業者であることに気付いている。

 なぜ、そんな本を作ったのかと神父。悪いかねとコラーニさん。「本のつくり自体はよくできています。問題は中身だ。どこにもタイトルはないけれど、どうやら予言書のつもりらしい」とルチアーノ神父は言った。問題の中身とは、古今東西の美味しい所だけを集めただけの、おそろしく陳腐なものだと神父は批判する。コラーニさんは事情を説明し始めた。




(この稿おわり)




先日、国立劇場で歌舞伎の十八番、「毛抜」を観て参りました。
コイズミが驚いたときの髪を逆立てる得意技を思い出す。
(2012年7月17日撮影)




浅瀬の海底で食事時中の亀さん。餌は海藻らしい。(2012年7月12日撮影)























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