おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

Mission Incredible (20世紀少年 第396回)

 第13巻の221ページに戻る。車内のコイズミが、「任務って何ー!」と叫んでいるシーンです。連れて来られたのは、やっぱり羽田の秘密基地であった。前にも少し触れたが、この場面でのヨシツネ隊長の指揮命令の鋭さと、隊員たちの動きの良さは、全編を通じて最高のレベルである。

 換言すれば、ヨシツネ隊長はこのくらいの人数を率いるのに適した資質の持ち主ではあったが、後年、隊員の人数が膨れ上がるに従い、持ち前のあがり症が出て、小学校1年生レベルの漢字を間違えたり、言いたいことも言えぬまま泣いたりすることになるのだが、まあ先のことだから、ここでは大いに賞賛しよう。


 ユキジの「あら、来たわね」という表情が可笑しい。傍らで隊員の一人が、ドイツ行きの航空チケットを入手したと隊長に報告している。彼はこれからハイマートリヒト等に状況視察に行くのだろう。ヨシツネは、「よし、これが偽造パスポートだ」と送り出そうとしている。違法行為ではないか。

 しかし、法律家の市原弁護士は平然としており、「被害状況、できるだけ正確にね」と発破をかけている。隣のユキジは「ドイツ友民党の動向も詳しくね」と言っている。そんな政党ができていたのか。


 続く日本国内の被害に関する情報は、妙な状況を伝えている。世田谷地区からの内部情報によれば、感染拡大の様子はなく、あのアパート以外に被害はないようで、マスコミの報道と内容が一致している模様。他方で、なぜか室別の被害は拡大する一方であるらしい。

 とりあえず、北海道はマルオが春先生とともに現地に慰問に行くことになっているようで、「俺に任せろ」ということになった。現実社会の逃げ腰の政治家より余ほど立派である。マルオの巨体と入れ替わりに、アメリカの被害状況も入ってきた。ニューメキシコでは本物のゴーストタウンが見つかったことだろう。


 ここで少し前に戻って、176ページ、ポップさんが車中でラジオを聴いている場面が出てくる。ニュースによると、「幸い、まだ都心部には患者は出ておらず」ということらしい。確かに室別も、ダニーの町も、ハイマートリヒトも大都会ではないようだ。なぜか、第一弾では地方が狙われたのだ。

 理由は分かるような気がする。第14巻に出てくるが、このころ世界中の大都市では”ともだち”の慰霊祭が行われている。そんなところに殺人ウィルスをまき散らしたら、お香典が集まらないではないか。特に、西欧の主要都市が壊滅したら、間もなく予定されている法王来日がキャンセルになりかねない。それにまだワクチンがないのだ。今はまだ、恐怖を煽っているだけでよい。


 では、世田谷はどうしたことか。被害がアパートだけだったのは、森園の後始末が素早く適切だったのかもしれないし、隔離された人たちだけが犠牲になって終わりになったのかもしれない。だが、一つ間違えば東京都心でエピデミック、大規模な地域的流行が発生しかねなかったはずです。万博も「おじゃん」になってしまう。では、森園はウィルスを使うつもりはなかったのか? あれこれ考えたが結論が出ないので、寝かしておく。そのうち醸成してくれば答えが出るかもしれない。

 灰神楽が立ったような秘密基地の騒動の中、気の毒にコイズミは放置されている。 「あのー」と声をかけて、ようやくヨシツネに気付いてもらった。「大変だったようだな」と相変わらず素っ気ない。それどころではないのだ。「”ともだち”は死んだが、奴らは計画を次々と進めている。我々はなんとしてもそれを阻止する」とヨシツネは言った。すでに、小泉響子は「我々」の勘定の中に入っているのだ。


 カンナが出て来て、「準備はいい? 行くわよ」と、サインはVのようなことを言った。ヨシツネによれば、「カンナがとんでもない作戦を言い出した」のだが、それしかないという結論に至ったらしい。ついては、「あそこから、生きて帰ってきたおまえに、案内人になってもらう」というのが、「あたしの任務」だったのだ。

 「カンナ、ムチャしちゃダメよ」というユキジと、”みんな死なないでくれ”でしょというカンナが美しく抱き合っているが、コイズミは蚊帳の外。どこに行くのかと問うコイズミに対するヨシツネの返答。「”ともだちランド”のヴァーチャル・アトラクションの中だ」。それは、「死んだ”ともだち”の頭の中をのぞける唯一の手段よ」とカンナ。

 そう言い残して、二人は颯爽と身をひるがえしてしまう。気の毒にコイズミは例によって、髪の毛を数本逆立てるという特技を見せながら、「うっそぉ!!」と叫んでいるのだが振り向くような人たちではないし、のんびりできる状況でもない。バーチャルのスパイ大作戦が始まる。これで第13巻は終わり。



(この稿もおわり)



こちらも台風一過(2012年6月20日の朝、撮影)