改正草案の第9条の二(国防軍)は、5項まである。草案の全部をチェックはしていないが、項の数が一番、多いかもしれない。日本国憲法は百以上も条があって、条項が多すぎるという意見を耳にしたことがあるが、改正草案は更に新設の条項を積み重ねている。では、書きたいことが盛りだくさんらしい第9条の二を全文掲げる。今日の私は全体に悲観的です。お許しを。
(国防軍)
第九条の二 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。
2 国防軍は、前項の規定による任務を遂行する際は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
3 国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
4 前二項に定めるもののほか、国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事項は、法律で定める。
5 国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に審判所を置く。この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない。
先回、第1項と第2項まで進みましたので、今回は続く三つの項についてです。第3項の特徴の一つは、「第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか」という部分。つまり、他にもまだ仕事があるのだ。ここでいう第一項の任務・活動とは、「我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保する」という任務を遂行するための活動だろう。これを、以下(1)とする。
第3項で追加される活動とは次の二つ。
(2)法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動。
(3)法律の定めるところにより、公の秩序を維持し又は国民の生命若しくは自由を守るための活動。
注意点を挙げる。第2項にある「法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。」という定めは、その前の箇所に、「前項(第1項のこと)の規定による任務を遂行する際は」という条件がついている。つまり、第3項の上記(2)(3)は、「国会の承認その他の統制に服する。」から除外されており、ストッパーについて何も触れていない。大丈夫ですか?
では、(2)と(3)は何なのか。(2)の活動目的は、「国際社会の平和と安全を確保するため」である。その活動の概要は、「国際的に協調して行われる活動」である。これは何だ。現場は海外らしい。まず思い浮かぶのは、今も自衛隊が南スーダンで苦労してみえるPKOである(期間延長になりましたね)。根拠法は「国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律」 。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/pko/pdfs/horitsu.pdf
しかし、わざわざ憲法に書くくらいだから、それだけではないだろう。せっかくの軍である。これでまず、PKFにも国連軍にも参加できるはずだ。また、協調してくれそうな国なら、一緒に戦争もできる。よく言われるように、地球の裏側にも行ける。私が断言できるものではないが、おそらく(1)が個別的自衛権、(2)が集団的自衛権に基づく活動と考えてよいのではなかろうか。(2)は案文にあるとおり、アメリカの助っ人ではなく、「国際社会の平和」を最終目的としなければならない。
では、(3)は何だろう。分かり辛い。「公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動」であるが、(1)の「我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保する」任務を遂行する活動とは別物と明記されている。「公の秩序」とは、これから何回も出てくる改正草案が愛してやまない概念だ。自衛ではなさそう。これは、新設の「緊急事態」を参考にする。
第98条に、緊急事態の定義として、「我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態」という定めがある。上記(3)前半の「公の秩序」が危険にさらされる事態とは、98条の「内乱等による社会秩序の混乱」であり、(3)後半の「国民の生命若しくは自由を守る」必要性とは、98条の「地震等による大規模な自然災害」が該当しそうである。こんなに綺麗に一対一で対応するかどうかはともかく。
災害救助の重要性については、異論のある人はおるまい。では、その前の「内乱等による社会秩序の混乱」などが起きたときの、「公の秩序を維持する活動」とは具体的にどういうものだろう。「内乱等」とある。例えば、もしも西南の役や二・二六事件のようなものが起きたら、確かに政府軍の出番となるのだろう。でも、小規模なものはどうするのか。「等」は何でしょう。
通常、一般社会の治安対策で動くのは警察です。ある程度、規模が大きくなったりすると機動隊が登場することがあるが、これも警察。では、国防軍と警察は、どのように役割分担するのかというと、第9条と第98条の書き振りからして、最終的には内閣総理大臣が決めるのだろう。
ちなみに、今年、バングラデシュで邦人も巻き込まれて多数の死者を出した卑劣なテロの際、同国では警察と軍の両方が出動している。特に途上国では警察は「第四の軍隊」などと呼ばれることもあって、明確な縦割り行政になっていない国もあるらしい。私の理解では、容疑者を捕まえて裁判にかけたいなら警察の出番だが、その必要なし、または、待てないと判断してその場で「けり」をつけるなら軍隊だ。
チャプリンは、「一人殺せば殺人者だが、百万人殺せば英雄だ」と喝破した。ただし、これは戦争において独裁者や軍人が敵を百万人殺した場合に限る。仮に私や日本の警察官が戦場以外で、なんぼ凶悪な相手であろうと、百万人殺しても英雄にはなれない。ともあれ不気味なのは、(3)のうち、内乱等に関しての「法律の定めるところにより」である。まさか、治安維持法なんて名前にならないでしょうね。
第4項は、「前二項に定めるもののほか、国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事項は、法律で定める。」とある。今の自衛隊法の発展形だろうか。自衛隊の組織図のトップは、防衛大臣である。そして自衛隊法によると、「第七条 内閣総理大臣は、内閣を代表して自衛隊の最高の指揮監督権を有する。」となっている。国防軍では、これらがどうなりますか。
また、徴兵と徴用の制度を設けるとしたら、この第4項における法律の出番になるはずだ。最初は現有戦力で対応するのだろうが、長引けば人手不足になるおそれは常にあり、前もって人員調達の法律を作っておかないといけない。現代日本は、ただでさえ人手不足の時代なのだが、戦争を始めたら、どうこう言っていられないのだ。
アメリカ軍はほとんどが志願兵(つまり国内の傭兵)だそうだが、日本の場合、それ以前の問題として、自衛隊員と警察官以外の大半は、拳銃の打ち方も知らない。任意になるか強制になるか分からないが、武器もIT化が進んでいることもあり、予め訓練しておかないと使い物にならない。スマホとは訳が違う。軍隊を持つということは、そういうことだ。
しかし、大量破壊兵器などを持ったとして、いったい今の日本で誰が将兵を訓練するのだろう。そういえば、大学は文系を止めて、理系だけにしろという極論が出ている。情報化社会は理系の戦争なのかな。昔の学徒動員は文系がターゲットにされたものだが。
あくまで日常用語の範囲だが、国の軍隊が出動するときは、当然ながら国の「緊急事態」である。もしかして、国防軍ができると防衛大臣は明治憲法の陸軍大臣や海軍大臣のようにもっぱら軍政の担当となり、有事の際は総理大臣が緊急事態宣言をして軍を指揮するのですか。
さらに、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することもできるようになる。こんなに権力と政務が集中しては、総理のご健康が心配です。まるで戦国大名だな。信長も家康も戦場を駆けた。東郷さんは三笠のブリッジから降りなかった。部下を死なす権限を持つ者は自分も命がけなのだ。
第5項には、「審判所」の規定があるが、分かりやすく軍事法廷と書いた方がよい。さすがに司法府に上訴する道は残されているが、大戦争のさなかでも、そういう制度がきちんと運用されますように。先日の新聞にも、先の大戦時の末期、戦場で内部粛清の嵐が吹き荒れたという元軍人さんの談話が載っていた。
「その他の公務員」というのは、CIAと同じような職務の人たちのことだろうか。軍属も公務員になるなら、ここに入るのだろう。しかし、おそらく組織運営上、軍隊が最も恐れるのは、脱走兵のはずだ。おそるべき罰則規定が設けられそうです。
最後に、第9条の二は、予算のことが全く書いてない。一般会計予算で戦争ができるとは到底、思えないのだが、どうするつもりなのでしょう。一般会計も特別会計も、軍人の恩給とか、戦傷者の医療・介護費とか、どんどん出費がかさむはずだ。当然、増税と物資の徴用が待っている。勝って賠償金で穴埋めできると良いのだが。
本当にみなさん、戦争をしたいのだろうか。仮に私が日本に敵愾心を持つ国の独裁者であったなら、この憲法草案が成立した時点で、日本が戦争の準備を整える前に、先制攻撃を検討すると思う。当然だろう。あとは国際情勢次第だろうが、現代日本は戦時外交の経験もない。グランド・デザインもタイム・テーブルも、すでにこっそり準備されているなら安心ですが。どうしても、軍事については、門外漢で一大事だけに、心配事ばかりになります。
(おわり)
カモメの水兵さん 並んだ水兵さん
(2016年4月3日撮影)
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