おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

千と千尋の神隠し  (第1122回)

 千尋という名の少女が、神隠しにあう物語である。普通は子供が戻ってこないときに「神隠し」というのだが、幸い彼女は生還した。なぜ、「千と千尋」なのか私には分からないが(キーワードが、名前であるのは確かだ)、七五調に収まったので覚えやすく、口にしやすいタイトルになった。

 同時多発テロのあとに大ヒットしたアニメ映画で、私は確か十数年ぶり3回目に先日DVDで観た。これまで晩酌をしながら観ていたので、最後までしっかり観たのは初めてだな。以下は感想であって、解説でも謎解きでもありません。おじさんが観ると、こういう風に見えるという一例。


 あれほどの人気を得たのも子供に好かれたからで、そして子供だましではないから、大人の鑑賞に耐える。とはいえ、働き者で心の優しい者には、ご褒美が待っているという、はなさかじいさん以来の童話、民話の伝統は、しっかりと踏まえています。

 童話なのだから、登場するのはほとんどは身近なもので、銭湯、料理屋、電車、豚、蛙、蜘蛛(あの造形からして、クモジイだと思い込んでいたのだが、カマジイでしたか、文ちゃんは)。空想上の生命体も、定番の竜に怪鳥。この点は、ちょっと似た物語の「不思議の国のアリス」も同様で、トランプにウサギに猫。


 私は地理と歴史が好きなので、フィクションをみていても、どのへんで、いつごろか、というのが気になる。そういう設定が無いなら無いで、早く言ってくれないと落ち着かない。

 しかし、あの「油屋」は所在不明だな。もっとも、八百万の神が風呂に集まるというと、何となく西日本のイメージがある。この国の神様たちは、禊ならよくするが、入浴もするのだろうか。しかも、混浴らしい。


 千尋の父親が運転する車は自家用らしく、多摩ナンバーになっている。私は転勤族で、東村山や八王子に住んでいたので、多摩川にはよく釣りやBBQに行ったものだ。千尋はどうやら初めての転校のようなので、彼女が落ちたのは、たぶん多摩川水系だろう。

 時代設定(?)もよく分からないが、全体に古い。印象としては、私が生まれる前だろう。日本語が右から左に横書きされているし、石炭で風呂を沸かしているし、屋台から小道具に至るまで、和洋中がゴッチャになっているあたりが、如何にも高度経済成長の前だ。


 「不思議の国のアリス」の幕引きは、落語などの手法でいう「夢落ち」です。あれはミステリやSFでは禁じ手ということになっているのだが、それは大人の勝手だ。子供は心が広いから、「あんな夢なら見てみたい」という評価が出る。

 あれが千尋の夢だとしたら、彼女が八百万の神を知っているという前提が必要なので、少し苦しいかな。八百万の神の初出は、私の理解では古事記にある天の岩戸事件。太陽神が引きこもるという前代未聞の出来事があり、神々は舞台装置を手作りで準備し、妖艶な舞踏会を開催する。

 夢ではなくて異界に紛れ込んだとしたら、それはどの時点からかと推測すると、遅くともハクに会った時だから、彼女の両親が現実の世界で豚になった訳ではない。時の流れが大きく異なる点は、「邯鄲の夢」と似ている。


 さて、私は湯婆婆のファンです。彼女の決断の早さ、シャープな行動力、それに約束を守る。欠点といえば、権力者にありがちな子の溺愛か。湯屋の客層が良くないので、ストレスも溜まるだろう。

 異彩を放つのは、カオナシである。このブログではすでに何回か引き合いに出しました。「20世紀少年」は、お面と「太陽の塔」が重要な役割を果たしているのだが、そのいずれもがカオナシと似たところがある。


 普通に考えれば、「顔無し」であろう。しかし、実際の動物にもミミズだの深海魚だの、顔が口だけの生き物はたくさんいる。それにあの先端についているお面のようなものは、けっこう表情豊かである。普通に考えない方がいいのだな、きっと。

 ちなみに、カオナシには脚があるのだが、通常は幽霊の伝統に沿って、下半身が透けており、足元が見えない。「あの世界」では、冒頭の千尋がそうだったように、透けているものは「この世のもの」であるはずだ。間違って紛れ込んだのだ、ハクやセンのように。世界中の寂しさを背負っているような人だ。


 それにしても、如何にも日本の作品らしく、水が豊かだ。お湯(沸かしているから元湯は冷泉なのだろう)、海、千尋の谷、落ちた川、スコールを降らしながら流れていく積雲、花と緑と薬草。良い国に生まれたものです。

 滝(瀧)という漢字は、本来、神宿那智の滝のようなものとは違い(あれは瀑)、袋田の滝のように、龍のごとく上下しながら、水が岩肌を流れ落ちる地形であるという話を聞いたことがある。鯉の滝登りも、瀑布では至難だろうな。ジブリには空をとぶ場面が多いが、乗り物を選べるなら、やはり竜の背だ。




(おわり)



岐阜の徳山ダム湖。貯水量、日本一。
(2017年7月24日撮影)









 Turn around.
 Look at what you see.
 In her face,
 the mirror of your dreams...

      ”Never Ending Story”









































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