おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

煙草を吸いながら     (20世紀少年 第27回)

 
 前回に続く。「フライング・スパイダース」というバンド名は、ケンヂの好きなグループ・サウンズで人気だったザ・スパイダースと関係あるのかどうか分からないが、このスパイダーさんの風貌、特に痩せた顔つきとツンツン尖がった髪型は、この1979年という私が大学に入った年に、ようやく人気が本格化してきたロック・バンドのボーカリストを彷彿させる。

 今は亡き忌野清志郎である。大学時代はもっぱらFMラジオで音楽を聴いていたのだが、偶然、RCサクセションの「スローバラード」を聴いた時の驚きと喜びは30年以上経った今も忘れられない。


 今日でも私にとって、最高のラブ・ソングです。レコードを買う金も自由にならないころだったので、その後、粘り強くラジオで彼らの曲を拾っては録音して聴いていた。「雨上がりの夜空に」。「僕の好きな先生」。「トランジスタラジオ」。

 「僕の好きな先生」は、RC初期のフォーク調の曲。先生は「僕」と同じく職員室が嫌いであり、どうやら美術の教師らしくて、タバコを吸いながらキャンパスに向かっている先生なのであった。また、「トランジスタラジオ」の歌詞には、授業中に抜けだして屋上で煙草を吸いながら寝転んでいる少年が出て来るが、「21世紀少年」下巻のエピローグに描かれる中学生のケンヂと(タバコ以外は)そっくりの風景である。


 清志郎が亡くなった後しばらくして、RCの関係者のインタビュー記事を読んだことがある。素人の我々はカラオケでしばしば最初の音を外すものだが、その記事によると、やはりプロにとっても難しいそうで、演歌歌手は絶対にそういう失敗をしないレベルまで鍛え上げられない限り、人前で歌わせてもらえないほど厳しいらしい。

 ところが、忌野清志郎は確か楽譜も読めないのに、これを外したことが無いという。しかも、恐ろしいことに必ずといってよいほど最初の音だけ半音下げて歌い始め、自然に本来の音程に合流するという技を、どうやら当人は無意識でやっていたらしい。技術というより、天賦の才と呼ぶにふさわしい。

 ちなみに、もう10年以上も前のことだし、それが正しいかどうかも知らないが、本来の音符から半音下げる奏法が正式に認められている音楽のジャンルが三つあり、すなわち演歌の「こぶし」(小節)と韓国の伝統音楽、そしてジャズのブルーノートであるという主張を、何かの記事で読んだ覚えがある。

 それまでは、「こぶし」とは力瘤を入れるかのように頑張って歌うと勘違いしていた私には新鮮な意見であった。ただし、広辞苑やネット情報などによると、半音下げるのはその技巧の一つであって、必ずそうしなければならない訳ではないらしい。


 私やケンヂの若いころ、バンドの顔、あるいはロックのヒーローといえば、まずはギタリストであり、ボーカリストは二の次であったと思う。

 スパイダーさんはケンヂで妥協せずに探しまわったお陰で、良いギタリストを見つけたらしく(スパイダーさんとツイン・リードなのかもしれない)、3年後には武道館を一杯にした。清志郎には仲井戸麗市という腕っこきのギタリストがいた(「さなえちゃん」を覚えている人は、日本中に何人いるだろう)。

 ケンヂの、「50万人は無理だけど(引用者注。愛と平和のウッドストックの再現を夢見ていたのだろう)、武道館一杯の客の前でやれたら最高でしょうね」という願望は、第22巻において、もっと壮大なスケールで実現することになる。辛抱した甲斐があったというものだ。


(この稿おわり)


わが町内の歴史的建造物
 





































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