おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

障碍  (第1936回)

 アクセス数を見ると、このカテゴリーは世界で一番読まれていないブログなのかもしれない。何の宣伝もしていないし、キャッチーなキーワードを散りばめている訳でもないから、偶然、検索でヒットされる確率も低い。

 問題は、それでも通算で千件単位のPVがありながら、月間週間のアクセス数が減る一方という事態だな。一因は、私の文章が拙くて長いというのもあるのだろうが、他でも複数やっているブログは、それ相応に読んで反応してくださる有難い方々がいることを考え併せると、これは中身が詰まらないからだという悲惨な結論が出る。


 主に、いま話題の憲法を話題の中心に据えているくせに、ほとんど政治性に欠けているのが大きいかなとも思う。もともと政治が好きではなく(生産活動と娯楽と家庭生活で精いっぱいだったのだ)、古い言葉だがノンポリの典型だから、政治・時事は、余ほどのきっかけがない限り書こうという気にもなれない。現代日本は、レイシズムや安倍やめろコールで、感情的に自分達を盛り上げるのが流行りです。いま辞めさせても、かつぐ神輿が替わるだけだ。

 念のため、選挙は余ほど体調が悪い日が続いているとき以外は、必ず投票に行ってます。有権者の責務だから。体調については、個人事業(フリーランス)なので、倒れたら終わりだから、そのときは天下国家を人に任せるしかない。


 ノンポリという点については、過去10年間ほど覚えている限りでも、自民党に入れたこともあれば、共産党に入れたこともあると申せば十分でしょうか。そのときそのときの自分の生活状況と、各政党・各候補者の公約を比べて決める。報道用語でいえば、無党派層ということだろう。

 それでも最近は年のせいで、仕事も特に体力的に先が見えて来たと感じるし、かつ、世の中がおかしくなっていないかという感覚が歳を追って増しているので、段々と新聞やネット・ニュースの政治欄を見ることも多くなった。しばしば左側からは「右傾化」という表現をみかけるが、狂暴化とでも言った方が良い。しかも、ご存じのとおりで日本だけではない。


 私のイメージする古典的な右翼とは、街宣車に乗って「北方領土を返せ」と叫ぶ人たちで、ときどき車を停めて草っぱらなどで、突きの訓練などしている方々だ。方法論はともかく、言っていることにそれほど違和感はない。でも今は「戦争するしかないでしょう」という酒乱の薄馬鹿下郎が国会議員なのだ。

 その戦争を招いた国家の統治機構の一員が、その戦争で故郷を追われた人たちに向かって、よくぞ臆面もなく、そんなことが言えたものだ。あれはカムチャツカかアリューシャンにでも島流しにすればよいと内心思っているのだが、今の法規ではそれはできない。


 さて、山本太郎氏が話題になっている。彼が芸人をやめて政治家になったきっかけは、反原発を叫んで干されたかららしい。一部の芸人や歌手や役者は、政治家よりはるかに、まともなことを主張していて心強いが、大手事務所に属する大半は、幇間と芸者らしいと云ったら幇間と芸者に失礼であろう。

 同士ともに、早速始まった臨時国会で、お二方の参議院選挙当選者が登壇なさり、脚光を浴びている。当人や関係者の皆さんにしてみてば、今更さらなにを、という感じではないかと推察している。ただでさえ、健康問題で生活が大変だし、慣れない世界に飛び込んだばかり。周囲も含めて、無理が掛からないよう細心の注意をお祓い願いたい。東大の合格発表じゃあるまいし、取材は閉会後で十分でしょう。


 確かミシェル・フーコーだったと思うのだが、精神障害は社会が決めるものだという趣旨のことを言っていた記憶がある。ミシェルとは優雅なお名前であるが、実際のフーコーは、おっかない顔つきのフランス人の哲学者。先日その話を障害者雇用で苦労している人事の知人にしたら、その通りだと思うと言っていた。

 現実問題として、障碍はその度合いが厳しくなると自分だけでは生活ができず、このため、障害者手帳や公的障害年金などの社会保障社会福祉の制度があり、公金を使う以上、障害者かどうか白黒付けなければならないのはやむを得ない。

 なお、年金や雇用のように法制度で「障害」の言葉を定めている場合は、私も人事関連の仕事をしている以上、勝手に変える訳にはいかないので「障害」と書いている。でもそうではないときは、本来の意味に近いはずの漢語である「障碍」(碍子の碍)を選ぶようにしている。


 社会が決めるということの具体的な例・意味は、例えば、いまでは大学の試験などで、発達障害の受験者は別の部屋で試験を受けるらしい。部外者の私が適否を論ずる話ではないが、昔だっていたはずの、そういう人たちに対して、そのような特別扱いが、かつては無かったのは単純な事実です。

 義務教育の現場でいえば、今なら知的障害者精神障害者に「分類」されて、特殊な学級に入るのが常識になっていると思うが、先日、田舎の同級生で小学校の先生をしている奴にも確認したのだが、われわれが小中学生だった1960~70年代の義務教育の現場には、別種のクラスは無かった。少なくとも、うちの田舎には無かった。


 その同級生に言わせると、ちなみに彼女はその障害者クラスの担任なのだが、現在では義務教育が徹底し、かなりの重度の子でも登校するという方針が浸透しており、結果的に子供が不意にいなくなったり、殴りかかったりしてくるのは日常のことで、「体を張って働いている」と云っておった。

 そして、昔はどうだったろうかと訊いたら、家族と話し合いのうえ、重くて無理という結論が出ると、小中学校には行かなくても誰も異論は唱えなかったらしい。昔と今とどちらが正しいかという話ではなく、くりかえせば社会の決め方が変わったのだ。


 思い出してみれば、遅刻は当然で、勝手に授業中に外に出たり、歌を歌っている程度の子は、クラスに必ずと言って良いほどいた。我々は彼らを笑ったりからかったり黙れといったりしていたが、障害者という言葉は知っていたが用いていない。何と言っていたかというと、私は今でも使っているのだが「知恵遅れ」だった。

 周囲の大人がそう呼んでいたのを引き継いだはずだ。医学的に治療不可能のお手上げではなくて、遅れているだけという言い方だった。求人広告に大企業が並べている「障がい者の皆さま」となどいう珍妙な字面や、企業に障害者雇用率を法定で強制しておいて、自分たちはインチキを重ねてきた霞ヶ関の諸官庁より、よほど健全である。


 私は企業や団体から、研修やセミナーの講師のご依頼を何百か受けてきたのだが、こういうことを平気で言うせいか、最近はほとんど全くお声が掛からないし、たまに出講しても、アンケート等で厳しいことを書かれることが連続し、いい加減、嫌気がさしてきた。

 例えば去年、一部上場企業の社内研修の場で(題目はハラスメント防止)、人事の管理職から「LGBT手当を新設したいが、どう思うか」と訊かれた。即座に反対し、彼らの大半は特別扱いをしてほしいと言っているのではなく、同じ扱いにしてほしいと言っているのだと申しました。評価は「残念な研修」。そりゃ残念だろうな。


 他に適切な言葉が思い浮かばないので、社会という表現を使っているし、分かりやすいし傷つくほど繊細な相手ではないから政府や大企業をやり玉に挙げているのだが、家庭や学級に至るまで、何らかの共通項があって集まっている人たちのことを言っている。

 往々にして、集団は無責任で何も考えなくなるか、逆に、CSRポリティカリー・コレクトだ、コンプライアンスだと、たぶん意味もよく分かっていないのに、潔癖な外見をまといたがる。

 こういうことを言ったり書いたりしているので、私も仕事だけでなく、人間関係からも徐々に干されてきたのを自覚している。その範囲で、山本さんの苦労や無念もわかる。更に当方の場合、だれも「いいね」と思わないようだが、この種の情動的で怠惰なファシズムは、かつて来た道です。


(おわり)






新鮮な魚は本当に綺麗です。  (2019年7月13日撮影)







































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