おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

世襲で男系で生涯現役  (第1321回)

 世襲で男系で生涯現役というのが、憲法皇室典範に定められた現時点での天皇および皇室の「制度」である。皇族といえど家族であることに変わりは無く、制度という言葉も使いにくいのだが、みんながそう言うので、法制度という側面だけをみるときには、これを使うことにする。今日も個人的な意見の全開です。

 第9条を読んでいる途中だったのだが、一昨日(陛下のビデオ放映)のことがあったので、もう一回、第一章「天皇」に戻る。復習すると、世襲であることは憲法に、男系であることは皇室典範に規定があり、生涯現役というのは途中で辞める規定がないため、結果的にそういうことになっている。

 書いてないと気が済まない。現代日本は、すっかり契約社会で成文法至上主義だ。でも諸般の都合により、前例とか伝統とか解釈とかが出てくることがある。


 世襲であることは、王侯貴族の鉄則であり、高貴な血筋のみが物を言うので、今後も変わるまい。なお、農家や商店も世襲が多いのだが、こちらは仮に跡継ぎが生まれない場合、うちの実家が営んでいた町工場でも過去そういうことがあったのだが、養子縁組をする手がある。でも皇室では、そういうことは無理だろう。妻妾の仕組も撤廃した。

 したがって、約十年前に皇室で久々の男子が生まれるまで大騒ぎになっていた女系・女性の天皇制は、今後も世代が変わる機会ごとに、大きな論点になる可能性は、この憲法の根幹が改まらない限り続く。日本はそういう道を選んで進んできたのだ。やや乱暴にいうと現時点でさえ、現実的に後継者を残せそうな男子は唯一人で、未成年である。


 憲法天皇の性別に関する規定はない。ではなぜ、保守層を中心に、これほどまで女性・女系の天皇論に対する反発が凄まじいのか。ただ単に男尊女卑時代の亡霊的な差別思想に凝り固まっているのだと思っていたのだが(それは、それであるだろうが)、最近ようやく、少なくとも自分自身は納得できる発想にたどり着いた。

 そんな大げさな大発見ではない。今回のタイトルの「世襲で男系で生涯現役」というのは、皇室の専売特許でもないし、アンシャン・レジームでもない。政治家社会の規範そのものだ。政治家のみならず高級官僚とか(特に大使がすごいらしい)、一部の大企業とか神主とか、要するに我が国のエスタブリッシュメントにおいて、世代を超えた世渡り道具として現在なお有効である。

 
 加えて周囲にも、このしきたりから、おこぼれを頂戴しようとする者が大勢いるので、国中でお家騒動が後を絶たない。松下幸之助だったと思うが、経営者は極めて多忙で家庭を顧みる余裕もなく、ろくな子は育てられんから世襲はいかんと仰っていたような覚えがあるのだけれど、こればっかりは幸之助信者もなかなか守れないらしい。堅牢な集合的無意識なのだろう。

 もちろん、トンビが鷹を産む可能性は常にあり、世襲が絶対悪などとは申しません。組織には安定感も必要だ。一方ここでの問題は、この奈良平安の時代から引きずってきた「伝統」に自分たちも守られている方々にとって、肝心要の皇室が「一抜けた」となっては非常に困る。宗教用語に例えれば、「法統よりも血統」の象徴が、ある種の人たちにとっての天皇・皇室です。


 生涯現役に関しては、健康を害したりとか選挙に落ちたりとかいう不測の事態もあるので、世襲・男系と比べると例外は多いだろうが、それにしても、会長やら名誉何とかやらの肩書をもらって頑張っている。周囲も一旦担いだら、御神輿と違って容易におろせないらしい。それにしても、問答無用で死ぬまで働けと言われる人は少なかろう。

 昨日の天皇陛下のご表明を受けて、ただいま正副の総理が昔の首相のお孫さんということもあり、政権もこれまでせっかく頑なに話題をそらしてきたのに、避けて通れなくなってしまった。個人的には、憲法皇室典範を本質的に変えることなく、但し短期的に皇室典範を読みかえる特別立法で必要十分だと思う。

 短期的にというのは、特別法の必要性が無くなり今の法制度に戻すまでという意味。それでは楽天的すぎる、安直であるというようなご批判もあるだろう。でも率直にいって、こうして改正憲法草案を見ていると、現政権に根本的な部分を拙速に、いじってもらいたくない。その主な理由は、これから第9条改正案のところ以降で述べる。おそろしく時間もかかるだろうし。


 むしろ皇室も、われわれ下々の家庭が、家や商売を誰がどう継ぐのかという判断が必要な場合と同様、その都度、目の前の現実を踏まえ、且つ、将来を見越しつつケース・バイ・ケースで決めるしかないから、時限立法のほうが適している。そういう前例を作っておけば、将来、子孫も方法論に苦労せず、内々に準備することも制度対策として不敬ではない。先年のバチカンと異なり、あわててコンクラーベを開催する必要もない。

 今日になっても、「生前退位は社会を大混乱に導きかねない」というような主張としている人たちがいる。上記の事情により、大混乱しているのはご自身らに相違なく、すでに椅子取りゲームが始まっている今の日本で、既得権益を死守なさろうという気合だけはすごいと評価いたします。この下書きは、長崎の日に書いております。合掌。




(おわり)


【補足】この憲法のサイトを書き始めた理由は、別のブログに一年ほど前に書きました。ここで引用します。
(1) http://d.hatena.ne.jp/TeramotoM/20150429
(2) http://d.hatena.ne.jp/TeramotoM/20150430





バラが咲いた  (2016年8月8日撮影)









































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