おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

ポークの成分表示  (第1071回)

 しばらく前、少しでもイスラム教が分かるようにコーランを読むぞと、ここで誓った。さっそく買ったのだが、たいへん厚い本で通読する気力がわかず、やむなく所々を拾い読みしている。なぜ彼の宗教は豚肉を食べてはいけないのだろう。それもヒンドゥー教の牛のように聖なるものではなくて、その逆であるらしい。

 しかし、読んだ範囲では、駄目なものは駄目という感じで、ネガティブ・リストに並んでいるだけ(酒も駄目だから、私はムスリムにはなれない)。かくて今のところ、豚肉禁止令の理由は解明できていない。マルコムXも、悩んだらしい。ラジオで奇妙な解説をし、それをボブ・ディランが「自伝」(菅野ヘッケルさん訳、SBクリエイティブ社発行)に書きとめている。


 かつて私はアメリカに五年近くも住みながら、マルコムXの名前すら知らずに帰国し、しばらくしてからデンゼル・ワシントンの映画がヒットして、この二人の名前をまとめて覚えた。マルコムXは刑務所内でイスラムに改宗したらしい。NYにいたころの若きディランが聴いた彼のラジオ講義は、次のようなものであったらしい。

 なぜ豚肉やハムを食べてはいけないかと言うと、「豚は本当は三分の一が猫で、三分の一がねずみで、三分の一が犬なのだ」そうで、だから「けがれているから食べてはいけない」というご高説だった。これは宗教でもなく科学でもない。話すほうも話すほうだが、覚えるほうも覚えるほうだろう。


 それから、十年ほど経って、ディランは突然この奇説を思い出す機会に恵まれた。場所はカントリー・ミュージックの本場、ナッシュビルの郊外にあるジョニー・キャッシュの家だった。大勢のソング・ライターと共に、夕食に招かれたのだという。

 同席者はクリス・クリストファーソン、ジョニー・ミッチェル、CSN&Yのグラハム・ナッシュ、そして、それまで一民謡だったカントリーを、軽音楽の一大ジャンルに仕立て上げた功労者に挙げられているカーター・ファミリーの人々などなど。


 食事が終わり、一同、輪になって座った。一人一曲歌って、隣の人にギターを渡すという、景色としては百物語のような座になった。歌い終わるとたいてい誰かが、褒め言葉をかけてくれる。ボブ・ディランは、「レイ・レディ・レイ」を唄ったそうだ。この曲をディランのベスト集で初めて聴いたとき、とても彼の声とは思えず、誰かに作った曲を入れたのかと思った。

 彼が歌い終わると、ジョー・カーターが「君は豚肉を食べないんだろうね?」とコメントしてくれた。「レイ・レディ・レイ」を何回、聴いても、ブタ・ソングには聞こえない。ディランは書いていないが、このとき彼らの血中には、常ならぬものが還流していたのかもしれない。


 ディランが本当に食べないのかどうか知らないが、「ええ、食べないです」と答えた。その途端、先のマルコムXの演説を思い出したというから、暗示にでもかかっておったのだろうか。「個人的なことなんです。そういうものは食べません。三分の一が猫で、三分の一がねずみで、三分の一が犬だなんてものは食べないんです。ちゃんとした味がしません。」と追加説明した。

 一瞬、気まずい沈黙が流れたという。そうでしょうとも。しかし、ホストのジョニー・キャッシュが、あの大きな体を二つに折って笑い出してくれたので、助かったらしい。質問者の「ジョー・カーターは、なかなかの人物だ」とディランは評価している。根拠不明。このジョー・カーターは、ウィザースプーンが演じたキャッシュの妻、ジューン・カーターのいとこ。


 1980年代の後半、ディランは何をやっても冴えないというスランプに陥ったという意味のことを書いている。そんなときにボノと会い、ダニエル・ラノワを紹介された。ラノワの仕事場があるニュー・オーリンズで録音したアルバムが、「オー・マーシー」である。そのうち最後に出来上がった二曲が、ディランのお気に入りだったらしい。

 その内の一曲が、「マン・イン・ザ・ロング・ブラック・コート」。ジョニー・キャッシュの衣装はいつも黒だった。また、ユダヤ資本が映画を作ると悪者は、たいてい宿敵イスラム教徒風か、ナチス・ドイツ的になる。後者の典型が黒くて長いコートのダース・ベイダーだろう。他方、キャッシュの黒づくめは映画によると、バンドの服を揃えるにあたり他の色が無理だったからだそうだ。


 ディランは、この作品を自分にとっての「アイ・ウォーク・ザ・ライン」だと考えていたと書いている。なぜなら大昔、初めてこの曲を聴いたとき、神様に「おまえはいったいそこで何をしている?」と語りかけてきたように感じた由。それ以来、「眼を大きく開けているようにした」というから、人生を変えた歌だったのだ。

 ボブ・ディラン自伝によると、ジョニーからは「一万年にも値する文化があふれ出る」のだという。「ウォーク・ザ・ライン」については、映画でウィザースプーンが飲んだくれバンドに怒り心頭に発したとき、字幕では「まっすぐ歩きなさい!」と叫びながら、ガラス瓶をガンガン投げている。
 

 その訳でも良い。補足するなら、辞書には「まともな生活を送る」、「まっとうに生きる」といった意味がある。「私は自分のこの心を注意深く見守っていこう」とキャッシュは歌う。「そのとおり」と書くディランは、「こうした歌詞を百万回ぐらい、自分の口で実際に言ってみているはずだ。」と述べている。

 映画の邦題にある「君に続く道」というのは、「ザ・ライン」をどう解釈したのか知らないが、ともあれ歌詞と主役二人の人生のことを思えば、あながち見当外れでもない。私自身もときどき、「自分のこの心を注意深く見守っていこう」と言い聞かせている。慌ただしい毎日、つい心の手入れを怠りがちだから。





(おわり)







美味しく頂きましたが、何の肉だったか忘れた。
(2016年2月5日撮影)












 I keep a close watch on this heart of mine.
 I keep my eyes wide open all the time.
 I keep the ends out for the tie that binds.
 Because you're mine, I walk the line.

              by Johnny Cash