おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

トリプル・アクセル  (番外編)

 2002年の夏、今は亡きモンちゃんが学校の屋上というサダキヨ向けの場所で、校庭のサッカー・ゴールを見下ろしながらサダキヨ相手に日韓ワールドカップが盛り上がったなという話をしている。今の子供たちの心に一生刻み込まれるだろうとモンちゃんは語り、でも自分にとっては大阪万博こそ生涯心に残る出来事だと言っていた。

 大阪万博には行けなかった私だが、海外駐在から戻ってきたばかりだったので、日韓のワールド・カップは強く印象に残っている。他方、同じ2002年の冬、当時まだ中学生だった安藤美姫が女子公式戦史上初の4回転ジャンプを成功させている。この日からフィギュア・スケートは本格的に世界レベルへの道を歩みだしたと言っては先輩選手に叱られるかな。


 わが故郷の静岡市は冬、暖かい上に降水量が少ないため、町中では滅多に雪が降らない。このため私の年代くらいまでの静岡市民は、ウィンター・スポーツがからきし駄目。何せ子供会の行事に「雪見」という大福のような名前の催し物があって、富士山の五合目あたりまで観光バスに乗って雪を見に行くのである。雪国のみなさんには信じられないだろうが、実に楽しみであった。

 そんな調子なのでスキーもスケートも見るだけだが、以前にも書いたように札幌のジャネット・リンを見てからフィギュア・スケートにはずっと関心を抱いている。本来であればこの大会で表彰台を独占したジャンプに行くべきではないかという指摘もあろうが、見るだけだから好みの問題です。


 記憶では最初に国際レベルの大会で活躍したのは、今なぜか国会議員をやっているらしい渡部絵美だ(追記:議員の件は勘違いでした)。彼女とは同世代であり、渡部さんはユキジと同学年である。その次が伊藤みどりの時代だった。先日、誰だったか忘れたが国際レベルのフィギュア・スケーターがアクセル論を語っていて、これがなかなか面白かった。

 アクセル以外のジャンプは後ろ向きに跳んで、後ろ向きに着氷する。よって回転は自然数。アクセルはこれに「半」が付く。着陸時は他と同様、後ろ向きだから、離陸時にアクセルだけは前を向くことになる。これが怖いそうだ。その困難さは単に技術的な問題だけではないらしい。

 そのスケーターの話では、他のジャンプと異なり、アクセルは目の前に自分が着氷すべきリンクと、その前の客席がはっきり見える。見て跳ぶ。そして失敗すると次に挑戦しようとしても、そのときの場面が鮮烈に蘇ってきて、また失敗するのではないかという恐れを抱くのだそうだ。


 1992年、私はサンフランシスコで働いておりました。まだインターネットも衛星放送もない時代だから、この冬フランスで開催されたアルベールビル冬季オリンピック大会を、私は同僚とともにアメリカのテレビ局の放映で観戦した。

 日本のテレビも最近はスポーツ解説がやかましく、重要なプレー中は黙ってろと言いたくなるケースが少なくないが、アメリカ人の口数には到底およばない。特にフリーの日は優勝候補の米国代表クリスティーナ・ヤマグチと伊藤みどりの決戦であったから、アメリカ人の男のアナウンサーは躁状態とでもいうべきはしゃぎようであった。


 その興奮度合は伊藤が最初のトリプル・アクセルを失敗したとき頂点に達した。これで勝ったと思ったのだろう。実際、結果的にはそうなった。しかし伊藤みどりの挑戦が終わっていなかったことに気付かなかったとは所詮、スポーツのレポーターとして素人と呼ぶほかない。

 アクセルの失敗はほとんど致命的な心理的ダメージだと今でも言われているのだ。だが伊藤はもう一回、跳んだ。彼女が三回転半を成功させ、にっこり笑った表情が画面に映ったとき、それまで立て板に水のごとく喋くっていた米人アナウンサーは、「ああ、何というガッツだ」と一言、つぶやいてしばし絶句したのを覚えている。


 時は流れ、私たちは新たな冒険者を得た。2010年のバンクーバー浅田真央がSPとフリーで合わせて3回のトリプル・アクセルを成功させたのは記憶に新しい。私は細かい採点規定を知らないし、演技だの芸術だの振付だのは二の次で、スポーツ選手の筋力と運動神経と技術を楽しみに観ている。これで優勝できないとは、採点のルールが私のスポーツ観に合わないとしか言いようがない。

 さて、この冬は男女とも国内選考が激戦になった。ここまで有力選手が出そろってしまうと(かつての男子マラソンがそうだった)、種目の空洞化という現象が起きるという話を聞いたことがある。中堅どころの選手が大会に出られず伸びない。若手の優秀な運動選手が他の種目に流れてしまう。監督・コーチもスポンサーも実績が欲しいので、有力選手に掛かり切りになってしまう。


 かくてトップ・クラスの引退後、草木も残らないような状況になる。似たような事態は個別のチームにも起こりがちで、結果論が好きな人たちから世代交代の失敗と非難されることになる。さて、テレビや新聞で眺めているだけだが、今の日本選手のコーチは外人さんか高齢者か身内がほとんどのようだ。

 幸い十代半ばの世代も育ってきているようではあるが、この栄光を長続きさせるためには、この栄光の土台を築いてきた佐藤や荒川たちも解説者ばかりやっていないで、後進の育成に尽力願いたいと言ったら余計なお世話かな。

 間もなくソチだ。プルシェンコは虹の地平を歩み出てくるのだろうか。私は前回大会における彼の評価も気に入らない。彼が三十代で4回転に挑むなら、ミキティも黙っておられまい。私は挑戦者が好きなのだ。伊藤、安藤、浅田、そして今回の高橋。今日の時点で代表選考はまだ終わっていないが、誰が出るにせよ今季は楽しみです。




(この稿おわり)





イチョウ並木と落ち葉の歩道  (2013年12月11日、カスミガセキにて撮影)




  あふれる旗 叫び そして歌   「虹と雪のバラード」

















































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