ようやく、その日は来た。カンナトンネルが開通したのである。見たところ、ユキジトンネルの開口部はレンガを外しているのだが、カンナトンネルのそれは、どうやらコンクリート壁である。ショーグンはこれをスプーン一本で掘り抜いたのだ。第7巻が始まる。
先陣の角田氏がカンナトンネルから抜け出た所は、水道管か下水管のようなものが何本も走る地下通路。ショーグンはここが最深部だと言う。来たことがあるのだろう。彼らはライターの火が消えてしまう直前に梯子を見つけ、上に向かうと灯りが見えた。通気孔だろうか。看守室のような部屋の上に出た。
天井のフタが開いたのを不審に思った看守(角田氏の掌を踏みつぶそうとした男だろう)が不用意にも長い警棒で突こうとして、逆に警棒を奪われてしまう。おかげで我々は、久しぶりにオッチョの棒術を楽しむことができる。目的は暴力ではなく、懐中電灯とビニール袋の強奪であった。かつて、これらが無かったが故に失敗した経験があるのだろう。
ショーグンは潮の匂いがする方向を目指す。どこから逃げるのかと問う角田氏にトンネルだと答えている。角田氏が驚いているのは、橋梁で繋がっていた木更津方面なら5キロなのに、トンネルが走っていた東京方面は10キロと遠いのだ。だが、ショーグンの決断は、距離よりも潮の流れを重視した結果であった。もっとも、その判断材料は角田氏の調査報告なのである。
彼らはまだ崩落していない通路に出た。ショーグンによると、ここは避難路であり、崩れたトンネルの車道は上にあるそうだ。詳しいな、やはり、ここまで逃げて来たことがあったのか。海ほたるができたころ、彼はまだバンコクにいた。日本に帰国して地下に潜伏し、半年後には血の大みそかを迎えている。観光で来る余裕はなかったろう。
しばらく歩くと、海水が浸入していて通路が冠水していた。角田氏は早くも諦め顔だが、ショーグンは水の中を歩き出す。歩きながら角田氏を叱咤激励するために、漫画を描きたいんだろうと語りかけている。
ショーグンによれば、「俺の幼馴染み」が、どんなに切羽詰まっても、いつか誰かが聴いてくれるはずの曲を作り、演奏し続けていたそうだ。ショーグンは語る、「そいつの仇を討ちにいくんだ」と。カンナを救うためには、強敵を倒さなければならない。連れて逃げれば済む話ではないのだ。
さて、元日に触れたとおり、ショーグンの跡を追って冷たい水に踏み込みながら、角田氏が「神さま」と叫んでいたころ、新羽田空港に今は亡きスペース・シャトル型の宇宙船が着陸し、「日本人初 民間宇宙観光旅行」から大富豪の神永氏が戻ってきた。これが神様の苗字であった。
神様によると宇宙から見た地球は、「まるでボーリングの球のようだった」そうだ。ガガーリンは色彩感覚豊かな、こよなく美しい帰国報告をしているのだが、神様はビジネスの夢を語る。確かに、1970年代のボーリングのボールはほとんど単色だったが、今はいろんなデザインがある。来るブーム再来の折は、地球模様の球を神様は売るだろう。
神様の帽子は、額の部分の文字飾りが、かつての「HAWAII」から、「MARS」に替っている。ちなみに、ジャケットには「Saturn」、「VENUS」、「MARS」とあり、これらは本来、それぞれローマ神話における農耕と美と戦争の神の名前なのだが、ここではもう一つの意味の土星、金星、火星の英語表記だろうな。
ちなみに、「VENUS AND MARS」のデザインは、ポール・マッカートニーが、ザ・ウィングズというバンドを率いて発表した同名のアルバムに由来する。全体に弛緩した作品で、前作の「バンド・オン・ザ・ラン」は歴史に残るかもしれないが、「ビーナス・アンド・マース」は到底、無理だろう。金の無駄であった。
少し先走るが、オッチョと角田氏が上陸した場所は、万博会場予定地のそばなのだが、今の私には、それがどこなのか良く分からない。第21巻でカンナが湾岸に万博会場があることを示唆しており、しかも東京都民をそこに避難させようとしていることからすると、やはり房総半島方面などではなく、海ほたるから、そう遠くはないような感じがする。
海ほたるから一番近い東京都の施設は、現実の現在では、羽田空港です。1997年に爆破されて後、新羽田空港が同じ場所に建設されたのであれば、神様とオッチョは同じころ同じ地域に還ってきたのだ。神様は宇宙から。ショーグンと角田氏は地獄から。
思えば、皮肉なことに、羽田空港が爆破された遠因は、小学校時代のオッチョの発想にあった。秘密基地でそのアイデアを出したときに、オッチョ少年が使った「飛びます、飛びます」のギャグを流行らせた二郎さんが亡くなったのは、2011年3月10日。あの日の直前だった。合掌。
(この稿おわり)
日暮里駅前にて。地球はまだ「そこそこ青い」と神様も言っておられた。
(2012年1月1日撮影)