おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

肝だめし    (20世紀少年 第213回)

 第6巻第10話は「キモダメシ」というタイトル名が付いている。肝試しのことであろう。肝試しとは、今の子供はもうやらないのかもしれないが、みんなして怖いところに行って、お互いの勇気と臆病の度合いを測る遊びである。第8巻でケンヂが、また、第12巻でヨシツネが、「首吊り坂の屋敷」行きを「肝だめし」と語っているとおり。

 第10話には、そのような遊びは出てこないが、おそらく漫画家角田にとっては、一般房に戻るのは恐怖であったろうし、ショーグンにとっても、角田氏が脱獄を共にし得る相手かどうか、最後のテストになったろう。独房から出されるにあたり、看守が室内検査を始めるのだが、予め角田氏が描いておいた女性が服を着ていない絵に気を取られ、おかげでトンネル口は見つからずに済んだ。


 一般房に戻った角田氏は、最初の日に相部屋になった男に声をかけられる。彼によると、角田氏は即日の独房入りで、すっかり有名人になり、サディスト集団の白組と、男色集団の赤組に狙われているという好ましからざる歓迎が待っているらしい。角田氏は意気消沈するが、例によって起きあがりこぼしのごとく立ち直り、最初の課題である情報屋捜しに取りかかる。

 元相部屋に”ポストさん”を知っているかと訊くと、幸い近くの席で食事中だった。ポストさんは情報と食い物を物々交換しているらしい。ポストさんの渾名のいわれは、郵便受けというよりも、小学館週刊ポストから取られたものだろうな。ポストさんに接触した角田氏が、情報提供料として差し出したのは、松嶋奈々子のテレフォン・カードであった。


 ショーグンは、ポストさんがテレカ募集家であることを知っていたらしい。このカード自体は、あるいは彼と逃避行を共にした囚人が残して行ったものかもしれない。この「ナナコ」の写真をどこかで見たような覚えがあるな...。

 私は民法のテレビ・ドラマをほとんど観ないので、最後に動いている松嶋奈々子を見たのは「利家とまつ」だろうな。ごく最近まで、家政婦をやってみえたと聞く。

 果たしてカードはかなりの骨董的値打ちがあったようで、ポストさんは三つくらい情報提供しちゃうよと機嫌が良い。例えば、と彼が挙げた情報のうち、神様の話は前回触れました。次に「万博のPR作戦」も面白いという。万博という言葉が出てきたのは、これが初めてだろう。PR作戦とは、春波夫先生の「ハロハロエキスポ音頭」のことかな。


 三つ目の情報は、「今年の講談社漫画賞が決まったよ」というものだった。さすが漫画家、角田氏はつい「うわ、それ聞きたいな」と反応しているが、それどころではないと思いとどまる。

 ちなみに、この第6巻の単行本の最後のページには、2001年にビッグ・コミック・スピリッツに連載された分が収録してあると書いてある。2001年に講談社漫画賞を受賞したのは、「20世紀少年」という作品である。

 「20世紀少年」が発行元の小学館の漫画賞を受賞したのは翌2002年。ライバルに遅れをとるとは、2000年血の大みそかで社屋を破壊されたダメージから立ち直り切れていなかったのだろうか。なお、ポストさんはエントリー作品に面白いのがあると言っているので、この連載時点ではまだ受賞が決まっていなかったかもしれない。

 
 それはともかく、角田氏の求める情報は、「囚人番号13番」についてであった。それに続いて、潮の流れを確認するという、もう一つの宿題もこなした。ただし、紅組だか白組だかに囲まれてしまい、奴らの股間を蹴り潰して(気の毒に。あの種の痛みは絶対に女性には分からない)、散々殴打された挙句、眼鏡だけは守り抜き、晴れて元の独房に戻ってきた。

 去る12月10日に、さっちさんから指摘があったように、2014年、たいていの人々の服装が厚着であるのに、ブリトニーさんとマライアさんは薄着であった。ここでの囚人たちも、タンクトップ姿で外にいて、別に寒そうでもなさそうだ。ともだちの世界は季節感を失っている。


 角田氏は、埋め立てで潮の流れが変っていたことや、13番はローマ法王来日時に暗殺計画を立てているらしいことなどをショーグンに速報したのち、「上に戻ったら今度こそ僕、殺される」と言い残して、気絶するかのように寝入ってしまった。

 ショーグンの挨拶は「ご苦労」とそっけないが目が優しい。「安心しろ」とオッチョは言った。「二週間後、俺達がいるのは外の世界だ」と言うや否や、トンネル掘りの作業に戻ったところで第6巻の終わり。


(この稿もおわり)



ご近所の酒屋さん。いかにもめでたい。(2012年1月1日撮影)