第2回の47ページ目、チョーさんはヤマさんを、喫茶店ピーナッツに誘い出す。そして敷島教授事件の捜査を引き継ぐようお願いしつつ、教授の教え子だった金田少年の変死事件の捜査状況を、担当のヤマさんから訊き出そうとする。
ヤマさんは乗り気ではない。その件は病死扱いとなって、厚生省に移管されたというばかり。「あの学生が直前にアフリカ旅行をしていた」とも述べているが、真偽の程はあきらかではない。されどチョーさんは容易に引き下がることなく、これはでかい事件かもしれない、「このご時世だ、細菌兵器なんてことも考えられる」と語る。
最近では全く使われなくなったが、かつて「ABC兵器」という軍事の用語があった。これはアトムのA、バイオのB、ケミカルのCで、原子爆弾および生物・化学兵器のことだ。
戦争やテロに使われると恐ろしい結果を招く。そして「このご時世」というチョーさんの言葉は、オウム真理教がテロで悪用したBとC、すなわち炭疽菌とサリンを連想させるものだ。
事件性、関連性を信じようとしない様子のヤマさん相手に、チョーさんは証拠や聞き込みの結果を示しつつ説明を始める。ともだちマークの写真、ともだちの下に集結する人々が武道館を一杯にするほど増えていること。
また、被害者の会の発足についての動向、刺殺されたピエール一文字との関係の可能性。ここまでは読者も知っている。ヤマさんも、これだけなら殺意を抱かなかったかもしれない。
ところが、チョーさんはピエールと”ともだち”が、同じ宗教団体に参加していたことを突き止め、その教団から”ともだち”の実名を訊き出した。当時の住所も知った。そこは倉庫になっていたが、隣の弁当屋のおばちゃんから、そこに住んでいた一家の息子が卒業した小学校も教えてもらった。
その小学校での捜査により、”ともだち”の学年が分かり、ケンヂと同級生であったことまで突き止めた。氏名、修行歴、旧住所、学歴、年齢と個人情報の勢ぞろいになってしまった。しかもピエール師が彼を評価していなかったことも明らかになり、小学校時代の担任との面談まで済ませていた。
これだけの情報があれば、世界に名だたる警視庁、あっという間に、”ともだち”の素性を割り出すだろうし、そうなると敷島教授に対する監禁、強迫の疑いがかけられる。信者には徹底した訊き込みがなされ、かつてのチャック万丈目と服部少年のスキャンダルでも漏れた日には、教団は壊滅的な被害を受けるだろう。
そして、すでに手を染めている数々の悪行、すなわち、殺人ウィルスの開発と試用、金田少年とドンキーとピエール師の殺人にまで、事件は発展するに違いない。この時点で、ヤマさんには、ただ一つの選択肢しか残されなかったのだ。
そしてそれは彼の独断ではなく、組織ぐるみの決定であることが間もなく分かる。カルト同士の抗争ばかりではなかったのだ。殺人集団が読者に対しても牙を剥いた瞬間である。
この第3話に出てくるエピソードを二つ取り上げる。一つは”ともだち”の旧住所を突き止めたチョーさんが、その現場を訪れた場面で、「そこは、敷島教授宅からほど近く、小さな倉庫に立て直されていた」とある。敷島先生は、なまじ近所に住んでいたばかりに、”ともだち”に目を付けられてしまったに違いない。
そして建て直されたあとの倉庫。この建物は、はるか後年、第12巻の145ページに出て来る。カンナが「倉庫?」とつぶやきながら、赤ん坊のころ、この近所で連れ去られた記憶を辿っている場面に出て来る。彼女の本当の父親が、この辺りに住んでいたことを暗示させるシーンである。
”ともだち”はケンヂの実家である遠藤酒店や小学校のすぐそばに住んでいたのだ。学校も学年も、6年生のときのクラスも同じだったことが、ここではっきりする。
ちなみに、チョーさんが卒業写真の名前を読みあげている。男子の五十音順で、4人目にケンヂこと遠藤健児、5人目の落合長治はオッチョ。絵のかき方からしてチョーさんはこの直後に、”ともだち”の名を見つけたかのようにみえる。あ行の終わりか、か行の始めの名字にも思えるが、これは考え過ぎか。
少なくとも、作品全体の展開からして、カツマタ君はケンヂたちと同じクラスではなかったように思う。それはまた追い追いチェックしながら読みます。
(この稿おわり)
近所のオニユリ。名前は怖いし、花は派手だが、ちょっとうつむき加減に咲く。
(2011年7月25日撮影)
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