ルチアーノ神父 (20世紀少年 第442回)

 第15巻の主要登場人物の一人であるルチアーノ神父は、自ら調査し導き出した結論を携えて日本に渡り、その情報を仁谷神父に伝えることに成功したが、ヴァチカンのカレンダーとも言うべき西暦の終わりを食い止めることはできなかった。だが、二人の神父の活躍はローマ法王を最後まで支え続け、あやうく魂を売りかけたカトリック教会を守った。

 第15巻の8ページ、法王が”ともだち”の追悼のため訪日するというテレビのニュースを聞きながら、バーでビールらしきものを飲んている二人の男が、「”ともだち”か...、最初はうさんくさいと思ってたがね」という点で意見の一致をみている。さすがローマ市民。いい勘してるぜ。


 だが、今の二人は気が弱っている。再び、謎のウィルスにより世界が危機に瀕しているため、”ともだち”の信者でも何でもないが、今回も、2000年の血の大みそかと同様に、正義の味方のように颯爽と現れて地球を救ってくれないかと、無いものねだりの会話になっている。
 
 二人の背後から、「正義の味方...いい呼び方ですね」と声をかけたのがルチアーノ神父であった。この3ページ前に、カンナがドンキーに対して、正義の味方になると約束したばかりだが、立場が正反対だ。世間のほとんどは、まだ騙されたままなのだ。


 二人に乾杯を誘われた神父は、酒を断り「私は水で」と言った。飲めないのではなくて、後に出てくるが足を洗ったときに断酒したのである。彼が手にしている水のボトルは、本人によると「サンペルグリノ」、日本でも売っているミネラル・ウォーター。赤い星の印でおなじみだが、私は炭酸入りを好まないので飲まない。

 神父は「”ともだち”に」と乾杯の音頭を取った。そのあと街に出て、目的地の教会に向かう。ローマの街角の壁にも、「EXPO2015」の大看板と、”ともだち”マークが貼り出されている。第15巻にはルチアーノ神父、故ぺリン神父、再登場の仁谷神父とその過去、そしてローマ法王と、立派なカトリックの聖職者たちが登場する。ドンキーのお通夜でバクバク食っていた生臭坊主とは大違い。


 ルチアーノという名字は、イタリアではよくある名前なのだろうか。昔の漫画雑誌や小学館学年誌は、怪談や怪獣やプロレスなどと並んで、なぜかマフィアの話題も大好きで、その凄まじい殺し方や殺され方などの詳細をよく読んだものだ。シカゴといえばアル・カポネ、ニューヨークならラッキー・ルチアーノ。

 神父さんとギャングの大物では商売が違いすぎるが、ルチアーノ神父は本人が語るところによると、かつてはナポリストリート・ギャングをやっており、しかし縁あってぺリン神父に命を助けられて弟子入りしたのだという。ラッキー・ルチアーノは、アメリカから追放された後、ショバをイタリアに移して、ナポリで死んだ。


 どうでもよい脱線話を続けます。ラッキー・ルチアーノの名を聞くと、私には似ているように聞こえるロッキー・マルシアーノの名も反射的に思い出す。全勝無敗のまま引退した昔のアメリカのヘビー級プロ・ボクサーの名前。昔すぎて私もその現役時代を知らないが、高校生のときに大ヒットしてシリーズになった映画「ロッキー」の名は、どうみても、彼から取ったものだろう。

 もう20年以上も前のことになるが、メキシコのユカタン半島にあるリゾート地、カン・クンのショッピング・モールを歩いていたとき、反対側から大勢の野次馬を引き連れて歩いてくるシルベスター・スタローンとすれ違った。男優女優モデルのみなさんは、映像よりも現物のほうが遥かに格好よく美しいとよく聞くが、彼も本当にそのとおりで、陽に焼けたギリシャ彫刻のようだった。


 さて、ルチアーノ神父が向かったのは、師でもあり命の恩人でもあったぺリン神父が働いていた教会であった。ルチアーノ神父はアルゼンチンの仕事が多忙で、ぺリン神父の葬儀に間に合わなかったのだ。出張か休暇でイタリアに戻ってきた様子である。

 ぺリン神父の同僚だったらしい聖職者(名前が分からないので、同僚の神父さんと呼びます)が迎えてくれて、二人は亡きぺリン神父さんの人柄と仕事熱心さを思い出しながら涙をこぼす。ぺリン神父は研究の仕事もしていて、その対象は世界中の古文書、予言書であった。予言書。嫌な予感がする。


 ぺリン神父の仕事場はそのまま残されていた。同僚の神父さんは、あとを継ぐべきだとルチアーノ神父に勧めている。ルチアーノ神父は寡黙であり、ぺリン神父が使っていた椅子にすわったまま、その書類の山から、一冊の本を取り出した。後に出てくるが、彼も唯の神父ではない。この本に何か気になる点があったのだろう。

 同僚の神父さんは立ち去りがてら、ぺリン神父がとぎれとぎれの意識の中でルチアーノ神父に遺したという、最期の「愛情あふれるお言葉」をルチアーノ神父に伝えている。「2016年が来たら、朝まで二人で酒を飲み明かそう」。悲しみのルチアーノ神父は、この時点ではまだ気付かない。「2016年が来たら」という条件設定の奇妙さと、断酒した者に酒を飲もうというお誘いの不自然さについて。




(この稿おわり)




ヴァチカン美術館(2006年撮影)




ラファエロアテネの学堂」(2006年撮影)


































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