おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

今日はマー坊  (第1006回)

 九州で地震が続いているのだが、日々の暮らしには気晴らしも不可欠なので映画と漫画の感想文に戻ります。今回のタイトルに深い意味はなく、単に前々回で引用した歌詞の一部に、「昨日マー坊」とあったので引き継いだ。本日のお題は名前のない少年。またも、とりとめもない文章になってしまった。

 特に漫画では「顔のない少年」が一つの大きなテーマになっている。お面で顔を隠す少年たちであったり、最後まで顔が分からないカツマタ君であったり、のっぺらぼうに突如変身するフクベエであったり、写真に顔がうつらないという逆心霊現象のサダキヨが用いる自嘲的な表現であったりする。


 私たちは主に顔と名前で人を認識し記憶する。ちなみに私は、顔のほうは比較的、良く覚えるのだが、名前を覚えるのは苦手で、忘れるのは得意。このため、知った顔に出会ったとき、つい「よう」などと言ってしまい、そのあと困ったことになる。個人事業では致命的な欠陥なのだが仕方がない。だって固有名詞は滅多に使わないから忘れやすいのだ。

 「20世紀少年」においては、名前の無い者も多数出てきて、それ相応に意味がある。そもそも、”ともだち”は本名を明らかにしていない。万丈目によれば「教団」にすら名前がない。フクベエは下の名前が分からないし、本人は「ハットリ」と分かってもらいたかったのだというのがヨシツネの見立てだが誰も気づかず、かつてそう呼んでくれたサダキヨ少年を怒鳴り散らした罰が当たった。


 諸星さんを突き落とした長髪の男も名前が分からない。帰って来たケンヂは関東軍のハリボテ城で、ようやく自ら名乗ったうえで、「総統」と称する彼に「名を名乗れ」とアニメ赤胴鈴之助のイントロのようなセリフを吐くのだが、相手は鈴之助と違って素直ではなく、ついに私たちは彼の本名を知り得なかった。悪は本名を隠したがるのだ。この点で、万丈目を使った映画は弱い。

 多神教の国なのに、神様でさえ俺は神様ではないと言っても、名前を呼んでもらえない。ケロヨンは本名で呼べと怒るのだが、いい大人になっても本人が、蛙帝国にこだわっているから脱却できない。サダキヨは、この略称が気に入らない様子であるが、それでもイジメを受けているときでさえ、名前を呼ばれているのは、せめてものことではなかろうか。

 それに、サダキヨのごとく氏名の一部ずつを取り上げる手法は、落合長治少年が指摘するとおり、ジミ・ヘンもオッチョも同様、覚えやすく言いやすい。なお、読者の知るかぎり、もうひとりのナショナルキッドは「あいつ」「おまえ」「こいつ」としか呼ばれていない。最初から最後まで顔も名前もない。


 かくのごとく、我々は親しくなりたい相手に対しては名前を呼ぶし、イジメ・嫌がらせを目論む者は、相手の名前を呼ばない。さて、顔も名も無い人物の変型ともいうべき登場人物が、ヤン坊とマー坊の二人であろう。本人たちしか区別がつかないのだ。

 そもそも本名とは思えないのだが、双子はお互い、少年時代も大人になってもヤン坊マー坊と言い合っているし、敷島教授や商店街の人々にもそう名乗っているので、本名なのだろう。私は下の名が「ま」で始まるため、ガキのころから田舎では「マー坊」と呼ばれており、いまだに親戚のご老人から、そう声をかけられることがある。多分、本名は忘れられているな。


 ヨシツネは9人の仲間を集めるために単身、双子の経営者を勧誘に行って裏切られる。映画ではヨシツネ役が香川照之ヤン坊とマー坊は佐野史郎佐野史郎である。一人二役どころか、ダイエット後とリバウンド後の両方を演じているので四役に等しい。CGも大したものだ。「刑事コロンボ」にも出てきたが、昔は双子が登場すると、服装が違うだけの役者を交互に撮ったりして苦労が多かったのだ。

 漫画では、この双子が「一緒くた」の人生に嫌気が差すときが到来し、すなわち高須の表現を借りれば、”ともだち”の呪縛から解かれたあとのことで、マー坊は内閣に残り、ヤン坊は下野した。もっとも、クーデター仲間の敷島教授は、ロボットに夢中で、二人を区別する意志も能力もない。

 物語は、ケンヂが相手の名を呼ぶところで決着する。これは単なる謎解きなのではない。どこの誰でもなかった男が、ようやく認識されて成仏したのだ。英語の「alone」と「lonely」は全く意味が異なる。一人でいるときは、往々にしてそんなに淋しくはない。孤独は知り合いに囲まれながら、絶縁されているときに襲ってくる。あれはあれで彼にとっては、ハッピーエンドなのだ。




(この稿おわり)





浦沢直樹展で唯一、撮影可だった展示品。
よりによって、これか。
スーツは壁の色にコーディネートしたのか茶系である。
(2016年3月3日撮影)




口直し。
(2016年4月9日撮影)









 Now yonder stands a man in this lonely crowd
 A man who swears he's not to blame
 All day long I hear him shouting so loud
 Just crying out that he was framed

    ”I shall be released”   Bob Dylan




















































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