おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

横恋慕 (20世紀少年 第806回)

 
 小中学生の頃のユキジの髪型は、磯野ワカメと似たオカッパ頭であった。1997年と2000年の登場時には長く真っ直ぐに下ろしている。21世紀になると三つ編みにしているのだが、普通、順番としては三つ編みはごく若いころではなかったろうか? どうも女の髪型には疎くていかん。編んだ理由は、もしかしたら祖父の遺志を継いで厳道館を再開するにあたり、柔道の邪魔にならないようにしたのかもしれない。

 公園事件の次は階段事件である。夕暮れ時、ケンヂがユキジを待ちながら、かつて虹を見るために駆け上がった階段で一人、ギターを弾いている。「街のどこかに寂しがりやが一人、今にも泣きそうにギターを弾いている」という歌がありました。ここでのケンヂにそのような哀愁はなく、呼び出した女を待ち構える男である。もっとも彼が抱えているギターは、ホウキこそ卒業したが山口に指摘されたままのクラシックで、「ポロン」というソフトな音が出ている。


 しかも歌詞がひどい。「今度の日曜日、僕と一緒に映画に行きませんか」までは、まあ良い。しかし次のフレーズ、「別に福引で当たったわけではないのです」というのは、情緒に欠けるばかりでなく、もしかすると本当に福引で当てたのではないかという当然の疑いを招く。そこに突然「何、用って」と突然ユキジが現れてケンヂが慌てている。ユキジは部活帰りのようで、柔道着とスポーツバッグのようなものを抱えている。

 ケンヂが持っている「特別ご招待券」2枚は、映画「ポセイドン・アドベンチャー」の鑑賞券で600円とある。これは当時としてもかなり安い。廉価には「特別」な事情があったはずだ。福引とか。私も中学生のとき、この作品を映画館で観た。今でも覚えている感想としては、「え、主人公がこんなに早く?」というものだった。券に印刷されているように、主演はジーン・ハックマン。この前後に「俺達に明日はない」でも彼を観た。フレンチコネクションもスケアクロウも映画館で観た。


 チケットにはもう一人、助演にアーネスト・ボーグナインの名が出ている。彼のことは前に書きました。名画座で観た「我が谷は緑なりき」の少年役ロディ・マクドウォールもウェイター役で出演している。彼は後に猿の惑星に生まれ変わり、チンパンジーコーネリアス博士になった。ポセイドン号については、どんな事故が起きようと大客船があんなふうに、ひっくり返りはしないという批評を読んだ覚えがある。「タイタニック」によれば、鉄でできた船は沈むようにできているのだ。

 さて、ユキジはあまりご機嫌が良くないようで、「陸上部の山口さんなら、もう帰っちゃったわよ」と、いきなり挑発的である。よく見ていますな。ケンヂは顔色を変え、なぜ山口の話が出てくるのだと反論しているが、ユキジは好きなんじゃないのと冷たい。ケンヂの反撃は次元が低く、お前だって柔道やめろ、いっつもB組の慎也とばかり寝技をやって嫌らしいという。乱取りの相手なのに、そういう想像をする方が嫌らしいとユキジを本格的に怒らせた。


 いつものように、「バカじゃないの」「バカって言うな」とあいさつを交わし、ユキジはさっさと家路を急いだ。綿密な計画や準備もむなしく、デートは成約せず。残されたケンヂは手元に2枚の映画の件を握ったまま、去りゆくユキジの後ろ姿を見送るばかり。子供のころ、よく「人をバカと呼んではいけない」と家庭や学校で叱られたものだ。でも、家でもテレビでもそういう大人が「バカ」を連呼するから、子供もマネするのだ。それにケンヂは他の子からも、大人になってからさえ周囲からバカと言われているので仕方がない。

 それにユキジは、ケンヂ以外の者をバカと呼んだ形跡がない。この両者間の場合に限り、バカの語感は関西人が日常的に使いこなす「アホ」に似た愛着を込めてのものだと思う。だが、この年ごろのケンヂには、おそらくそう言う当のユキジにも、そういう心証は実感できなかろう。二人は幼馴染ともあって身近過ぎ、嫉妬の感情にも気付きにくかったか。だが、小中学校のころの失恋や片思いなど今にして思えば可愛いものだ。大人になると相手が誰かと何をしているか分かってしまう。これは非常につらい。ユキジはつくづく男運が悪かった。




(この稿おわり)






虹の付け根 (2013年10月2日、都心にて)





 長い髪を 三つ編みにしていたころに
 巡り合えれば良かった 彼女よりも少し早く

                    「横恋慕」 中島みゆき








おまけ。近所の「七五三通り」。

















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