この下書きを書いている今日は、茨城県の大洗町にいる。昨夕、海岸沿いを散歩していたら、復旧工事の看板が立っていて、警備の人に危ないから立ち入らないで下さいと止められた。別の市か町で似たような場所において、事故があったと言ってみえた。東電の原発事故に限らず、東日本大震災はまだ継続中である。
とはいえ益子でも大洗でも、人々の表情は明るく、あちこちで親切にしてもらった。益子を訪ねたのは知己が陶芸を手掛けているさらだが、知り合いもいないのに大洗町を選んだのは、いまだにこの町が風評被害に苦しんでいるという新聞の記事を読んだからだ。海産物が自慢で、海水浴場があるこの町に、なかなか客足が戻って来ないらしいのだ。
私は海のものが好きなので、短い滞在期間中できるだけたくさん食べ、土産も持って帰るつもりだ。昨日、民宿に着いて旅の荷を降ろし、夕刻散歩に出かけたところ、地元の高校生らしき娘さんと玄関先ですれちがった。見知らぬおっさんに対して、彼女は「こんにちは」と言った。
東京では夕暮れ時に若い女性とすれちがったり、自然の流れで後ろから歩いていても、気の毒なほど相手が緊張と警戒で固くなっているのを感じることが珍しくない。都会は長生きするところではなさそうだ。この程度のことで大洗町が気に入った。いつの日かもっと余裕のある日程で再訪したい。
さて、物語に戻れば第19集の146ページ、ケンヂにライブ・ハウス「Mad Mouse」で開催される「POWER LIVE」のチケット(ネズミの尻尾の先っぽが cool だぜ)をもらった長髪が、「絶対行っちゃう」と心にもないことを言っている。ファンが増えそうな予感にご機嫌のケンヂは、相手の「失礼ですが、お名前は?」という馬鹿丁寧な質問に対して、「俺、ケンヂ」と少年のように答えた。
ケンヂも相手の名を尋ねたのだが、失礼にも黙って立ち去ってしまった。かくて我々はこの小悪党の本名を知る機会を永久に失った。しかし、男の本性を続きのページで知ることになる。先ずはコンビニの Dmart に立ち寄ってコミックの万引きをしている。盗まれたのは浦沢直樹作「パイナップル ARMY」の第2巻「THE WHITE CHASER」で、邦題は「白の追跡者」、対戦相手は第二次世界大戦の生き残り。
これを映画化するなら是非フィリップ・シーモア・ホフマンに演じて欲しいが、あの役者では出て来た途端に悪役だと分かってしまうな。長髪は続いて放火魔の反抗未遂現場に戻り、もらったばかりのライブのチケットに100円ライターで火をつけてゴミ捨て場に放火した。
長髪は放火の炎に照らされて「見ぃーつけた、正義の味方」と顔を歪めて笑い、「キャハハ」という気色の悪い歓声を残して走り去った。すでにこのころから悪を自認していた模様であるが、単に自分で正義の味方と決めつけた者の事績の逆をやらかしているだけで、およそオリジナリティーというものが無く、巨悪と呼ぶに値しない。
一方のケンヂはアパートへの帰途、再び消防車のサイレンを聞いて、また火事かと不快そうだ。自分が提供したチケットが焚き付けに使われたと知ったら不快どころでは済むまい。しかし、一旦ともだち暦3年に戻った150ページ目で、こんな不愉快な昔話を聴かされても、ケンヂの表情に動揺はない。
関東軍の長髪は再び、おまえはケンヂだろと問う。1989年当時と変わらないこのザンバラ髪と父親譲りの口許が何よりの証拠だが、ケンヂは黙ったままだ。やむなく自称悪はもっと不愉快な話を持ち出すことになった。これが墓穴の掘り始めになる。
(この稿おわり)
上: 大洗の海岸はハマグリの産地 (いずれも2013年2月18日撮影)
下: セキレイ
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