おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

向老期  (第1320回)

今回から神谷美恵子「こころの旅」の後半(第八章以降)を読みます。第八章「人生の秋」は、第七章「はたらきざかり」の次の段階、人生の次の季節です。「はたらきざかり」は、文中で「壮年期」とも言い換えられています。年齢層は「いちおう二十五歳から五十五歳ごろまで」。

この先、本書を読むにあたり、前もって確認し留意しておくべきことが二つあります。いずれも言うまでもないことであり、それでも著者は本書で丁寧に触れています。一つは個人差。第七章にこう書かれています。

人生の段階のわけかたにはいろいろあるが、人間は年齢を加えて行くほど個人差が大きくなるので、壮年期や老年期をはっきり区分けするのはたいへんむつかしい。


もう一つは時の流れです。本書は1970年代に書かれたものです。当時と現在を比べれば、平均寿命も健康寿命も延びましたし、一般に定年や老齢年金の受給開始の年齢も引き上げになっています。主因は「医療の進歩や栄養の改善」とあります。日本の場合は戦争も革命もありませんでした。

このため以後、本書に出てくる年齢の区切りは、執筆時でさえ個人差があり、さらに現代では時の流れにより後ろ(年上)にずれていると想定する必要があります。すなわち読む人がそれぞれ、自分の状態に合わせて、年齢の数字を読み替えることになります。


実際、第八章「人生の秋」の冒頭で紹介されている「向老期」は、55歳ごろから65歳ごろまでの期間となっていますが、いまネットでこの言葉で検索すると、おおむね60歳から65歳までという解説を複数、見かけます。定年から前期高齢者までというところでしょうか。

では本書が壮年期と老年期の間に、「向老期」という余り日常生活では使われない言葉を使って、一つの段階を置いたのはなぜなのか確認しましょう。この期間は壮年期(はたらきざかり)を過ぎたとはいえ、「まだまだ社会的活動が盛んにできる人」が多い。盛りが過ぎようと働けるわけです。


他方でこの時期は、今の私自身がまさしくその状態なのですが、「この時期の人間は早晩『老いの自覚』というひそかなものを、こころの中に抱いて生きてい行かねばならない」のです。壮年期にすでに老いの自覚があっても、「向老期でははるかに切実な、意識的なものとなってくる」。

この時期は老いの自覚を切実に持ちつつ、他方でそれを受け入れることに抵抗を感じ、葛藤が生じるというのがこの段階の特徴です。長くなりましたので、次回に続きます。


(つづく)

ホウロクシギ  (2026年4月16日撮影)





















.