おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

リハビリテーション (第1313回)

これまで多田富雄著「寡黙なる巨人」を読んでまいりました。いくつかのテーマを選んで紹介文を書きましたが今回が最後です。標題のとおり、リハビリテーション。寝た切り患者だった著者が、約半年後からリハビリを始めます。専門医等の指導による本格的な治療の一環です。

著者は多くの障害を負いました。歩行、嚥下、言語、作業。できないことばかりです。現代医学では完治し得ない病状であっても、それを少しでも元の状態、機能に戻すべく大変な苦労、努力が始まります。その詳細には触れませんが、心構えともいうべきものが記録されています。


本書に「回復する生命 その2」といいう章があります。これを書いた時期は、発症し「三日間、死線を彷徨った」ときから約二年後のことです。二年たってもまだ話せないし、飲食もできない。「脳の一部は死んでしまった」と書いています。

ただし、彼が自分の中の「巨人」と名付けた者は、少しづつ力をつけてきました。筆舌に尽くさないほどの苦痛を覚えつつ、「杖を突いて、腰と肩を支えられて、五十メートル歩くのがやっと」。


私は幼いことから病弱で、今も風邪をひいており、数々の病気とケガに悩まされてきたのですが、不思議と長期自宅療養の経験はあるのに、入院したことがありません。ついでにいうと生まれたときもお産婆さんに取り上げてもらったので、産科の入院もしていません。

ですので家族や友人の経験談からの知識ですが、特に足腰を悪くしたなどで長期入院をしたとき、入院中に退院するためのリハビリを受けています。著者もこの入院中のリハビリを受けました。これにはスケジュールが決まっているので、それに従うだけでした。


しかし退院後も、病院まで出かけていって「強制的な機能訓練」を受けます。なかなか歩けるようになりません。「こんな苦しいリハビリの訓練を続けるのは何故だろうかと、ときどき考える。リハビリなんかやめて、電動車椅子にバリアフリーの部屋、介護保険などを使って、安楽に暮らせばいいではないか」。

私のような軟弱者は、財力さえあればこの安楽を選ぶと思います。しかし、著者はリハビリの継続を選びました。自分にも家人にも大変な負担がかかりますが、少しづつ機能が戻りつつあるのをリハビリ担当のプロたちに指摘されるのが嬉しい。先述したように、彼は倒れる前すでに自分に衰えが始まっていたのに気づきました。生きているという実感がありませんでした。その次を引用します。


それが死線を越えた今では、生きることに精いっぱいだ。もとの体には戻らないが、毎日のリハビリ訓練を待つ心がある。体は回復しないが、生命は回復しているという思いが私にはある。いや、体だって生死を彷徨っていたころに比べれば少しはよくなっている。 (中略)

リハビリは人間の尊厳の回復という意味だそうだが、私は生命力の回復、生きる実感の回復だと思う。


ここで回復しつつあるものとは、「長年失っていた生命力の回復感、生きる実感らしい」と述べています。やがて著者はワープロを打てるようになり、執筆活動を再開し、国を相手取って介護保険制度の限界に挑戦するまでに至ります。詳しくは本書でお確かめください。

最後に本書の「解説」において、東京大学医学部の同僚でもあった養老孟司氏が、こう書いています。「『寡黙なる巨人』の中で私の胸を撃つ記述がある。病気の前に自分は生きていなかったが、病を得てからは、毎日生を感じているという意味のことである。これだけは現代人の心になんとしても届いてほしいと、私が思うことである」。それは「死を常に意識することでもある」と書き添えています。


(おわり)

カワヅザクラ  (2026年3月20日撮影)




.