今回から多田富雄著「寡黙なる巨人」の読書を始めます。前回、前掲立花書から免疫学における「自己」や「自分」という言葉を拾ったのには訳があって、この著作にも「自己」、「自分」が出てきます。
その話題は次回とし、今回は状況説明です。何がどう起きたのか知っておかないと先に進めません。繰り返すと著者は2001年5月、67歳のときに脳梗塞で倒れました。
右半身不随になります。加えて舌が動かないため、話せない(言語障害)、飲食ができない(嚥下障害)という厳しい状況に置かれました。ではこの作品はどうやって著したのでしょうか。
冒頭に「これは絶望の淵から這い上がった私の約一年間の記録である」と書かれています。長い長いリハビリテーションのあと、著者は友人が差し入れてくれたワープロを使えるようになり、表現の手段を得ました。そこまで約一年、かかったようです。
今回のタイトルを「予兆」としたのは、私の健康管理のためでもあります。65歳ともあれば、私もいつ何時、脳・心臓疾患に襲われるかわかりません。脳梗塞の前駆症状を覚えておけば、いつか何かの役に立つかもしれません。自分に限らずです。
ネットで脳梗塞の前兆の一般論的な説明を読むと、手足のしびれ、言葉がうまく出ないといった例が出てきます。特に身体の片方だけという不自然な麻痺が出たら要注意だそうです。
一事例に過ぎないとはいえ、著者が自覚した前兆も、こういう一般的な症例に当てはまるものがあります。2001年5月2日、著者はアメリカへの出張から戻りました。直前まで第一線で働いていたのです。
その日に恩師と友人を訪ね歩き、夕食会の席上で乾杯をしたとき、「ワイングラスがやけに重く感じられた。重くてテーブルに張り付いているようだ。なんだかおかしい」。
翌朝もトイレで手に力が入らなかったが、すぐ治ったとあります。これが怖い。一過性の発作だったのです。このあと以前から「喘息様の症状」があったため診察を受けていた漢方医と会った時に倒れました。
救急車で運ばれたものの、これも治ったのですが、二回目の大きな発作が夕食時に起きて倒れこみました。これも「治った」という自覚があったのですが、「夢をみているような」状態になり、やがて「死の国を彷徨」するがごとき寝た切りの病床生活が始まります。
二週間後にリハビリが始まるのですが、そのときの心境をふり返って、著者は次のように書いています。これが今回の記事で私が一番伝えたかったことです。医学的な意味での前兆だけではありませんでした。以下、本文から転載して終わります。他人事ではないと感じます。
私には、麻痺が起こってからわかったことがあった。自分では気づいていなかったが、脳梗塞の発作のずっと前から、私には衰弱の兆候があったのだ。
自分では健康だと信じていたが、本当はそうではなかった。安易な生活に慣れ、単に習慣的に過ごしていたに過ぎなかったのではないか。何よりも生きているという実感があっただろうか。
元気だというだけで、生命そのものは衰弱していた。毎日の予定に忙殺され、そんなことは忘れていただけだ。発作はその延長線上にあった。
(つづく)

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