おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

アンチエイジングの行く先  (第1297回)

今回は読書感想文を一回休み。とある新聞記事に興味を抱きましたので、その概要と一読後の感想を記録します。記事は東京新聞の本年12月3日朝刊、第7面の「考える広場」にある「アンチエイジングの行く先は?」。タイトルの印象からして、アンチエイジング(抗老化)を再考しないかという提案のように思います。有料会員限定記事になっていますが、ネットにもありました。

www.tokyo-np.co.jp


3名の論者それぞれが読み応えのある投稿をしています。この中で本日は、私がもっとも興味を覚えた老年医学者の近藤祥司氏の著述を取り上げます。こう始まります。「意外に思うでしょうが、人類にとって『老化』は、新しい問題です」。続いて人類史における寿命の推移(延伸)の話題です。

サルからヒトになった600万年ほど前は、サルと同様に寿命は「20歳前後」と推定しています。この秋冬に寒い地方で大きな問題になっているツキノワグマもこれくらい。イヌネコも長生きして、このぐらいでしょう。自然界では珍しくない哺乳類の寿命だと思います。それが19世紀には平均寿命が先進国で40~50歳になりました。


筆者のような専門家の表現によると、二足歩行や体と脳の巨大化などの進化、すなわち「内的形質」の変化による寿命延長です。他方その後、わずか100年のうちに、現在では75~80歳まで一気に延びました。「大変なことです」という評価です。ここで筆者は飢餓・貧困対策、衛生状況の向上、医療技術の劇的な改善といった環境(内的の対語でしょう)が大きな要因であると分析されています。

さて、これに続く要約が今回の題材です。「つまり50歳までの寿命延長は内的なものですが、75歳までの寿命の延びは外的な要因によるもの。『50歳以降は遺伝的にはプログラムされていない』と考えられるのです」。つまり進化の結果、得られたデフォルトの寿命と歳の取り方は50歳までのもので、それ以降は想定外です。


このため大半の若者の身体機能などには大きなブレがほとんどないのと比べ、「老いよう」は実に多様ということになります。これが私の実感そのものなので、気になった訳です(気に入ったと申した方が良いか)。先生いはく、「そうした『老いの多様性』と史上初めて本格的に向き合っているのが現代であり、その最前線にいるのが、『高齢化先進国』の日本です」。

さあ、われわれはトップ・ランナーらしいのですが、これはスポーツやテクノロジーと違って、痛快というよりは困惑の連続になっていると思います。それは個人ベースでの悩みから社会問題にいたるまで、一般的・平均的な議論が容易ではないということです。例えば平均寿命も、極論すればただの単純平均であり、多くの人がそのあたりまで生きて亡くなるわけではありません。


実際、現代の日本人が最も多数、亡くなる年齢(最頻値)は、93歳だと別の報道で聞いた覚えがあります。乳幼児や青少年のころ亡くなる気の毒な方々が平均値をさげているのですが、高齢まで生き延びれば90を超える人生になるわけです。100まで働けと言われると腹が立ちますが、働けるか否かの実現可能性はともかく、決して無意味な年齢設定ではなさそうです。

実現可能性に触れたのは、現実問題として健康寿命が七十代である以上、高齢者は二十年近く「独りでは日常生活も困難」な日々を過ごし続ける時代です。筆者の問題意識もこの点にあります。「寝たきりになる大きな要因の骨折の予防にしても、骨粗しょう症の8割が放置されているなど、日本の取り組みは誇れるものではありません」。


老いの多様性については、私自身も同年代の親戚友人らと比較して、老化の進み具合に多々、違いがあります。実例を挙げれば、五十代のうちは老眼鏡が不要で毛髪も豊かでしたが、いずれも六十代を過ぎてから急速に事態が悪化しました。他方で、いま苦しんでいる歯と歯茎の健康は、すでに四十代から深刻で、歯科医から「重症の歯周病」と告げられ、今なお次々と歯を失い続けています。

口腔内はこれを書いている今も、痛みや不快感に悩まされています。本件は、お読みになる方がご不快にならずに済みそうな程度に、詳しく別途、記事にする所存です。少しでも誰かの役に立てばと思っているからです。また、これまで高齢者の健康に関する統計を見ては、自分の老い具合と比べて一喜一憂しておりましたが、プログラム外のことならば、ほどほどにしておいた方が賢明です。


(おわり)

信州 諏訪神社 秋宮の紅葉  (2025年11月30日撮影)























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