前回の続き、重松清「その日のまえに」収録の短編「その日」です。病院からタクシーで自分が経営する会社に戻った主人公に、唐突な仕事の依頼が待っていました。社長の妻の和美が、「その日」を迎えつつあることを社員も知っています。
もう誰も容態を訊いてくることもなく、他方で社員が葬儀の手伝いの割り振りなどを相談している気配を感じています。その一人、事務所の営業と管理を担当する工藤くんが声をかけてきました。なんでも「新規の仕事のオファー」があり、さらにはその前後にファックスの追加連絡もあったとのことです。
電話は社長の留守中に注文主が直接かけてきたのを、工藤くんが受けました。ご依頼の内容は「イベントのキャラクターと、ポスターのデザイン」。問題は彼らの「オフィスの持ち味はアメリカン・ポップをベースにしたデザイン」なのに、オファーは「お盆の花火大会」。
これだけで労使ともにお断りモードになっているのですが、さらに聞けば本件は通常の広告代理店経由の依頼ではなく、直接連絡があったもの。さらに注文者も地方自治体のような予算のありそうなお客ではなく、町の商店街。
そして電話の前に届いたほうのファックスは、工藤くんによると「いちおう企画書らしい」もので、確かに他に呼びようもないもので、彼等は取り合えずそう見なします。この花火大会のエピソードは、私が一番好きな挿話なので詳しく読みます。
主人公はこの直前にデスクでメールの処理をしているのですが、そういう時代になっても、A4の手書きのFAX。イベントの名は「かもめ花火大会」。場所は神奈川県の港西市。「潮騒」でシュンが向かった昔の小学生時代の住居地です。主人公も新婚のころ少し近くに住んでいました。
花火会場は市内の「ふれあい海浜公園」。かつて子供たちは「かもめ海水浴場」と呼んでいました。それが海浜公園となり、シュンは久しぶりに会った幼馴染の石川とここで会話を交わしました。工藤くんは情報収集のため先ずは依頼主に電話を架けたらしい。
イベントの趣旨は「地元の商店街の客寄せと、商店街のオヤジさんたちのノスタルジアのような感じ」との感触を得ました。主催者は地元のドラッグストアの店長で、そのビジネスの一環とは思えないのも確かです。
予算規模も小さそうだし、そうでなくても主人公の事務所は仕事が立て込んでいます。さらに社長個人としては、この時期に見知らぬおっさんたちのノスタルジーにお付き合いしているひまはない、という心境になるのも率直で止むを得ないものです。
工藤くんは「断ってもかまいませんよね?」と社長に念を押し、主人公は「ああ。悪いけど、そうしてくれ」と簡単に片付いた、と思いきや運命の第二弾ファックスが到来します。小さな事務所だから受信したのが分かります。メールでは手遅れになっておりましたでしょう。ファックスのそばにいた安藤さんが手に取り、その商店街の人からの続報だったため、いったん工藤くんの電話にストップをかけます。
送り主は「石川さんという代表者」。工藤くんは二枚目のファックスをちらりと見て、「一瞬困惑した表情を浮かべた」。主人公は冒頭の挨拶文を読んで安藤さんと同じく「やれやれ」という顔になりましたが、続きを読んで工藤くんの「複雑な反応の理由がなんとなくわかった」。
石川はシュンと約束したように、昨年の冬にクリスマスツリーを立てて、イルミネーションを灯したと後の会話に出てきます。しかしシュンは和美が余命宣告を受けたのと同じ秋の11月に、クリスマスを待つことなく他界しました。この件は次回の題材です。
石川は再会できなかったシュンのため、そしておそらくオカちゃんのためにも、新たな企画を立てました。これが主人公の心の琴線に触れ、彼はまず電話を架けることにしました。今回は石川の手書きのキャッチコピーを転載して終わります。
お盆の花火。それは大きな迎え火です。ふるさとを出て行ってしまったひと。もっと遠くの世界に旅立ってしまって、もう二度と会えないひと。・・・そんなひとたちをしのんで、夜空に大きな迎え火を焚きたいと思っています。どうか、たくさんの思い出を胸に会場におこしください。
(つづく)
