多くのブログが自慢話と商売っ気満載の賑やかなものであるのに対し、このカテゴリーは目下の(そしてきっとお呼びが来るまでずっと)私の一番の懸念である四苦(生老病死)を主題にしていますから何とも暗い。最近、年を取ると心も老いて弱くなるのだろうかと感じています。実際、小心で心配性だった子供のころに戻ったような気がします。
一方で私は、同居親族が余命宣告されたという経験がありません。急死ばかりです。このため、重松清「その日のまえに」も、自分の過去の心境と照らし合わせて読んでいるのではありません。ただし、いつの日か来るかもしれない「その時」に備えての心構えにはなりそうです。私も今年、前期高齢者になり、衰えを実感しているのです。
短編「その日のまえに」において、主人公は妻の病状が悪化するにつれて自分の感情が、「不安」から「悲しみ」に、そして最後には「絶望」に移りゆきます。それを辿るにあたり、今回次回は妻の和美がいつどうなったのかを見ます。彼女は44歳の秋に、精密検査の結果、「余命一年以内」という宣告を受けます。
しかし病気はそれ以上の速さで悪化しました。一年以内が半年になり、三ヵ月になり、やがて主治医は余命の話題を避けるようになりました。一年後なら翌年の秋ですが、5月生まれの和美も次の誕生日は迎えられるだろうという希望が失せます。この件は続編の「その日」も併せて読みます。「その日」にも、実際は「その日のまえ」の回顧が出てくるからです。
主人公の不安は「病名」が分かる前の時点で始まります。最初は妻が苦痛を訴えたときでしょう。それが高まるのは精密検査を受けて、その結果を待つ間でしょう。その経験がない私の人生でいうと、命がけではないものの、大学受験や就職活動の結果を待つ間の「心が安らかでない」状態が近いかと思います。
同じような不安は、「潮騒」のシュンや「ヒア・カムズ・サン」のトシくんも苛んでいました。検査後に主治医の永原先生から病名を知らされ、余命一年足らずと宣告されたのち、主人公の「僕」の場合、「形のなかった不安は、現実的な悲しみになった」。ここで主人公は、不安のほうが悲しみより重いと語ります。
不安とは心が不安定で動揺しているということだと思います(ちなみに絶望は、読んで字の如しで望みが断たれたときに生じる)。不安定である理由は、治る病気かもしれない、難しい病気でも治る人もいる、それが無理でも少しでも長く生きられる可能性はある、と親しい人なら祈るような気持ちも捨てられないからでしょう。この不条理さだけは、宣告を受けると消えます。悲しみが始まります。
それと同時に主人公の場合、不安が居座っていた心の「器」の中に、次は絶望が居座ります。これは次回の話題といたしましょう。最後に、私は同居親族ではないものの、今なお「生きていてほしかった」と痛切に思う友人、同僚、親戚がいて、自分の三十代から五十代の間に、彼ら5人を失いました。そのうち一人は交通事故死ですが、残る4人はいずれもガンです。
若くて元気な人は、かえってガンの進行が速いという説を聞いたことがあります。身体の活動が活発だからでしょうか。ガン細胞は病原菌のような外から入って来た異物ではなく、己の体が作り出した己の一部です。ガン化という方向性が与えられてしまうと、元気な人ほど先を急ぐことになってしまうのでしょうか。
自宅で過ごした年末年始のあと二度目の入院をするまでに、主人公と和美は「一生分の涙」を流したと夫は語ります。「その日のまえに」はこの夫婦だけの物語ですが、次の作品「その日」には彼等の二人の息子が登場します。この中高生が母の「生老病死」に耐え、乗り越えていく運命を迎えます。
(つづく)

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