おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

思い出話  (第1293回)

重松清その日のまえに」の感想文に戻ります。7作品ある短編のうち、最後の3編は同じ家族の物語。主人公は語り部の「僕」、余命宣告を受けた妻の和美、中学高校の息子が二人。4人とも主人公ですが、この感想文では「僕」を連発するのも気が乗らないので、便宜的に夫を主人公と呼びます。

「その日」とはこの夫婦が永遠の別れを迎える日のことで、二人がそう呼ぶように決めています。この小説が語られる年の前年秋に、和美は余命を告げられて入院しました。そのあと1か月ほど自宅に戻ります。すでに無理をおしてのことだったようです。年明けに2度目の入院となりました。暮正月を家族みんなで過ごしたかったのでしょう。


この2回目の入院の前、「僕たちの会話に思い出話が増えたのは、その頃からだった」とあります。まだ四十代で子供が学校に通っているのに、二人は将来の話ができなくなってきました。そして入院の直前、一泊二日で旅行し、二人が新婚生活を始めた街を訪ねることになります。医師からも鎮痛剤を処方されつつ、許可が出ました。

時期は2月初旬です。和美が節分の豆まきセットを買っています。二人は20年前に新築だったアパートで暮らし始めたのですが、幸いまだ現役のアパートで残っており、「朝日のあたる家」に出て来た武口とイリエムが、かつての二人の部屋「二〇一号室」で暮らしていることが表札で分かります。和美は豆まきセットを郵便受けに入れます。鬼は外、福は内。二人には将来があります。


これを再読した後で、帰省した時に昔住んでいた街に行きました。私は静岡生まれの静岡育ちですが、実家は一度引っ越しています。生まれてから10歳(小学校3年生)までの実家は、当時でさえ古くシロアリに喰われていましたので、もちろんもう建て替えられています。周囲の景色も一変しており、とても同じ場所とは思えません。なにせ半世紀が経過しています。

主人公夫婦も同様で、アパートこそ健在でしたが、「シンマチ」の駅前にあった下町風情の「マーケット」はもうありません。商店街は残っていますが、ほとんどの店は現代風になり、道行く人の姿も変り、電信柱が撤去されています。歩きながら、二人は昔あった店などの思い出話に花が咲きます。


医師から一泊二日の許可を得たものの、二人が外泊した気配はありません。しっかり者の和美は前日から上機嫌で、この日も明るくふるまっているのですが、途中、ため息をもらして歩みを止めているし(主人公は妻の目の下に隈を見た)、そのしばらくあとで痛み止めを半分服用しています。

主人公は後悔の連続です。彼の責任ではないのですが、彼が会社を辞めてイラストレータの仕事を始めたとき、和美も辞めて主婦になり、定期健康診断をうけなくなりました。背中の痛みを訴えたとき、すぐに病院に連れていきませんでした。余命の宣告を受けたとき、彼女の腕を握ってやれませんでした。しかし子供たちがいます。二人を「その日のまえ」の辛さに向き合う原動力になります。


(つづく)

私が生まれ育った街  (2025年10月30日撮影)




限りないもめ事も嘘も別れだとなれば懐かしい   布施明「積木の部屋」






















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