おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

健康寿命  (第1292回)

拙ブログのカテゴリー「老いを見つめる」の記事は主に2種類あって、一つは自分の老化の症状や心境について書き、もう一つは書籍や映画などの感想文として、生老病死について考えています。今回は「その日のまえに」の読書を一休みして、前者の自分の老化話です。

繰り返しになりますが、自然現象としての加齢は三十代頃から自覚が十分にありました。髪が薄くなり白髪が目立ち始め、皺やシミが増え、体力が落ち、老眼が進みました。ただし根が鈍感とあって、それほど深刻になった覚えはないです。


それが一気に悪化し、気持ちにも変化が生じたのが、64歳になってからです。まず昨年末に生まれて初めてインフルエンザに罹り、この夏にはこれまた記憶にないほど厳しい夏カゼにやられ、それぞれ2週間ほど寝込みました。

今年で前期高齢者です。新型コロナウィルス感染症は、当初から65歳以上の高齢者は重症化の恐れが大きいと言われていましたので、アルコール消毒、うがい、手洗い、密な場でのマスクといった一般的な感染症予防策は、2020年から今日まで比較的、丁寧にして参りました。


それなのに、この有様とは、もう免疫が弱っているのでしょう。同年代からも病気の話をよく聞かされます。今年は迷わず帯状疱疹の予防接種を受けました。年内にインフルエンザの予防接種と、新型コロナのワクチンも受けようと考えています。

もう一つ、今年に入ってから眼と歯が大騒ぎになりました。かつて親から男は「目歯まら」から年を取ると言われたのを覚えています(後半は説明省略)。眼は急激な視力の低下で、11年使い慣れていた遠近両用メガネが、一挙に使えなくなったから驚きました。


原因はまず老眼の進行。なぜか近眼の左眼の視力が若干、回復。そして精密検査の結果、白内障緑内障が始まっていると言われ、ただし眼鏡は作り替えたものの、白内障緑内障は治療開始には早く、定期健診を受けることになりました。いずれも元には戻りません。

歯と歯茎については、すでに40代の後半、重症の歯周病(病名は歯周炎)と診断され、今日に至るまで長期的に治療とクリーニングを受けています。こちらも不治でしょう。なんせアゴの骨が一部、歯周病菌により溶かされているのですから(あのX線写真は衝撃でした)。

今年、ぶつけた訳でもないのに食事中に歯が2本折れ、丈夫なはずの犬歯が1本欠けました。数か月にわたり治療継続中です。顔面の知覚器官が異常をきたすと大事ですね。痛くなくても一日中、不便で不愉快です。医療費も高騰中。


さて、厚生労働省の公文書「健康日本21」によると、最近よく目にする「健康寿命」という医学用語について、次のような定義と統計値が載っています。

健康寿命とは、「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」のことをいい、2022(令和4)年の健康寿命は男性72.57歳、女性75.45歳となっています。


ここで一言、留意点を挙げると、かつて産業医さんに教わったのですが、健康寿命の測定は何種類か方法があるそうですが、いずれも定期健康診断のような自然科学的な検査(レントゲンや血液検査など)ではなく、「自己申告制」であることです。

したがって、自分の健康年齢と他者のそれを単純比較して一喜一憂するのは余り意味が無いと思います。それでも、上記のように急な老化に晒されてから、私はこの数字がたいへん気になっています。


日本人男性の「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」は、3年前の最新情報によると72.57歳。私の場合、あと7年間しかありません。ただでさえ、幼いころからの自覚として、私は多病、病弱の体質です。

気になると書きましたが、そう遠くない未来に死ぬのが怖いというよりも、健康問題に制限されずに生きている内に、どう生きるかというのが大問題になりました。頭と体のどちらかが全く機能しなくなったら、乱暴な言い方で恐縮ですが、死んだも同然と思っています。


男の先輩たちに、何歳ごろから身体が「言うことを聞かなくなったか」と訊いてみたところ、だいたい65歳と70歳が半々でした。個人差もあり、区切りの良い数字で、この二つが選ばれるようです。どうやら私は早い方になるぞという覚悟をしました。

その7年後には、もう介助者や器具の助けが必要になるだろうということです。これはいま読んでいる重松清「その日のまえ」に出てくる言葉を使えば、「告知」されたようなものです。


難病や障害で苦しんでみえる方々や、若く親しい人を亡くし方々からしてみると、この程度で何の騒ぎかと思われるかもしれません。それでも自分にとっては唯一つの命、唯一つの心、唯一つの体ですから一大事。もっと大変な人がいるという事実で救われるものではありません。

一言で言えば64歳にして、老と死の問題は他人事ではなくなりました。日々、「自分はどう生きるのか」と考えずにはいられない課題になりました。早々に身に滲みた分、これは貴重な経験だと考えています。親が存命ですし、寝たきりの親族もいますので、弱音を吐いてはいられません。


(おわり)

故郷静岡に向かう新幹線こだま号の車窓より  (2025年10月28日撮影)


















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