おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

朝日のあたる家  (第1284回)

 
 ただいま重松清その日のまえに」を読んでいます。本書は若い世代の生と病と死の悲しみ、苦しみを扱っているため、拙ブログの本カテゴリーである「老」が抜けているのですが構いません。特に老と病は不可分の苦です。当方の事情で例えれば、この二ヵ月で歯が三回、折れました。どこかにぶつけたのではなく、いずれも食事中に落ち葉が抜け落ちるがごとく。

 そのためか昨日は歯痛で目が覚め、今朝は寝違えたのか、背中の筋肉痛で目が覚めました。いずれも今は治まっているのですが、誰かが先日、ネットに書き込んでいたとおりで、歳をとってくると毎日のように違う場所が痛みます。歳をとってくると、自分の内蔵がどこにあるか分かって来るというのもありました。内蔵だけではなくて、関節とか靭帯とか歯とか、フルコースで痛みと共に場所が判明します。


 話は変わりますが、二十年ほど前、資格仲間に若い内科医がいて、二つほど勤務先のターミナル・ケアでの話題を提供してくれました。一つはがん患者さんの約7割に、うつ病の薬も処方しているというものです。説明不要ですね。厳しいものですが、そういう処置が無かった時代は、もっと厳しかったに相違ありません。

 もう一つの話題は、周囲の先輩内科医がそろって、死ぬときはガンで死にたいと言っているという話です。これは聞いた瞬間には意外に思いました。私の子供の頃は、痛くて長く苦しむ不治の病で、告知しないのが一般的という病気でした。今では抗がん剤も手術などの治療技術も向上して、中には治ったり、やすらかに他界したりという人も増えているのでしょうか。


 なぜ内科医がそう希望するかというと、「お別れができる」からだそうです。かつて三大成人病といわれていた、現代の「生活習慣病」のうち、脳卒中と心臓発作は急死か、コミュニケーションも至難となる重度障害が残ります。私の父方は、これが多いのです。一方でうちの母方はいわゆるガン家系で、内科医たちが期待するように急死はせず、親しい人たちとの交流が持てます。

 これは死んでゆく者にとっては、せめてものことなのでしょう。一方で、お別れを告げられるほうにとっては、一方で急に居なくなる悲しみや辛さはなく、他方で場合によっては長期にわたり精神的、経済的に苦しむことにもなりかねません。人それぞれです。一概には何とも言えないことです。小説の出番です。本書はお別れの辛さが主題ですが、今回のように、そうではない逆のケースもあります。


 主人公は「ぷくさん」。高校教師歴20年の福田先生。このあだ名は、その名字と彼女の体形から、教え子たちが名付けました。彼女の夫、昌氏さんは8年前に急死しています。会社帰りに同僚と駅にいたとき気分が悪くなって座りこみ、救急隊員がかけつけたときには心臓が止まっていました。虚血性心不全であった由。

 ぷくさんは、今や中学生になっている娘さんがまだ幼かったころに相棒を失くしました。若くて幸せな家庭生活を営み、仕事も大変です。「その日」の心配なんて全くしていなかったでしょうし、当然「その日のまえ」も何もない。ところがお別れができなかったのだから、「その日のあとで」が一大事です。直後の彼女の悲しみは簡潔に描かれていて、むしろ長い間かけてそこから立ち直って来た現在の心境が詳しく描かれます。一人娘の明日奈の成長が、母親の喪失感を少しずつ薄めているようです。


 「朝日のあたる家」は、青少年のころから、てっきり「アニマルズ」の持ち歌だと思っておりましたが、実際は作者不明のアメリカのフォーク・ソングだそうで、しかし「民謡」と直訳するには歌詞が思い切り暗くて重い。歌い手が男ならば不良少年のたまり場のようにも聞こえ、女が歌えば娼館のように聞こえる家です。実際、私が子供のころに聞いた話では、この「朝日のあたる家」は決して朝日があたることがない売春宿だという解説付きでした。

 このタイトルは、かつてぷくさんの教え子だった男女二人のうち、イリエムこと入江睦美が自宅に差し込んでくる「朝日に負ける」という辛い毎日を過ごしており(夫のDVが原因です)、ときには朝日に背を向けて外に歩き出すこともあり、偶然近くのコンビニで働いている高校の同級生だった武口と会い、離婚もせずに武口と深い仲になっています。


 武口は四駆を運転しながら道行く知り合いを発見する名手で、イリエムに続き、実は彼女と同じマンションに住んでいたぷくさんもジョギング中に見つけました。話を聞いていると、イリエムは心を病んでいるのか、万引きの常習犯になっており、よりによって武口のコンビニで、武口一人のときに彼も承知のうえで、万引きを繰り返すようになっています。

 そういう話を打ち明けられたうえ、その後、イリエムが万引きの現行犯で警察に連行されたという相談まで受けたぷくさんは、あんたたち大人なんだから自分で何とかしなさい、という教師ならではの説教をしつつ、放っておけない彼女です。その先は読んでのお楽しみ。なお、小説のイリエムは専業主婦ですが、映画では喫茶店の経営者。永作が豆まきセットに手紙を添えて投函した、彼女の新婚時代の古アパートの部屋は、ネーム・プレートに「武口 入江」と違う筆記で名前が並んでいました。



(おわり)


オニヤンマ  (2025年8月14日撮影)



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