はやり歌の歌詞も時代とともに変わります。私が青少年だったころの演歌やフォークソングには死、自殺、老いというような言葉が歌詞の中にごく普通に出てきました。それが1980年代ごろから変わったように思います。抽象的でキラキラした歌詞ばかりになって、暗くないし古びないかもしれないけれど、聞いた途端に忘れてしまいます。
井上陽水も吉田拓郎も荒井由実も中島みゆきも、歌詞の中に死が出てきます。ユーミンは松任谷になってからバブリーになりましたが、荒井のころは、そうでもなかったです。「翳りゆく部屋」。「ひこうき雲」。今回から重松清「その日のまえに」の収録作品の感想文を書きます。最初の作品が「ひこうき雲」。重松さんは私の三歳下なので、多分この歌を意識していると思います。
「その日のまえに」に登場する闘病中の重病人は、みんなそろってガンなのではないかという印象を持っています。ただし文中にその病名がはっきり出てくることは少なく、登場人物が自分はガンだと明言するのは一篇のみです。ただし、「転移」とか「告知」とか「ガン病棟」というような医療用語が出てきます。
また、患部がどこなのかも殆ど触れられていません。これは思うに、文中に「思ったより進行が速い」とか「最新の療法でも無理だった」というような趣旨のことが書かれているため、患者さんやご家族が読んだらショックですから、作者が配慮したものかと思います。「ひこうき雲」に登場する病人は小学生の女子。遠くの大学病院に長期入院することになりました。
彼女はその氏名を音読み・短縮して、「ガンリュウ」という佐々木小次郎のような、硬いあだ名がついています。言動が乱暴らしく、クラスの嫌われ者。その彼女の入院先に、同級生が色紙に寄せ書きをして届けることになりました。女子と男子がそれぞれ一枚。小説の語り部は飛行機雲が好きな勉。主要登場人物の一人がクラス委員のしっかり者、山本美代子。
美代子は寄せ書きに、「早く良くなってください」と書いたのですが、一方で女子は絵も描いており、美代子は色紙の真ん中に大きな青い鳩が空に飛び立つ姿を描きました。見た瞬間、勉は嫌な予感がしました。天国に旅立つような意匠です。美代子もお見舞いに行った帰り道に、それに気づいたのか泣き出してしまいます。亡くなってもきっと天国にゆくんだよという願いだったのでしょうが、勇み足でした。
ガンリュウは学校に戻ることなく、勉は中学生になってから彼女の訃報を聞きました。彼は息子が小学生になる歳になっても、この一件を覚えています。山本美代子が受けた胸の傷はそれどころではありません。彼女は長じて終末医療で働く看護師となり、師長を務めるまで働き続けます。
私は五十代早々に、同級生をガンで亡くしました。乳がんが脳の一部に転移し、分かったときには手遅れと言われたそうです。最後の年に二回お見舞いに行きました。一回目は車椅子、二回目は寝た切りでしたが、知性は最後まで衰えず、快活にふるまっていました。それでも一回目のとき、彼女の脚が腕よりも細くなっているのに驚きました。使わないと筋肉はこうまで衰えるのか。
お見舞いの際、勉もガンリュウの脚が細くなっているのに気づきました。彼女も車椅子か寝た切りなのでしょう。勉は点滴の装置も見ています。私の同級生とよく似た状況です。ガンリュウの病名は明らかにされていませんが、このあだ名そのものが、それを示しているように思います。
(おわり)

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