おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

今日のうちに  (第1282回)

 
 本日から何回にわけて、重松清著「その日のまえに」(文春文庫)を読み、併せて映画版も観て、感想文を書きます。この本は短編集で、前半の4編がそれぞれ一見、相互に関連のない独立した作品になっています。後半の3編が映画でも主人公になった夫婦と二人の子供を描いた「その日のまえに」、「その日」、「その日のあとで」で構成されており、前半を包含するようなストーリー設定になっています。

 その意味では一つの中編と受け止めることもできます。映画もその線で制作されています。それでは、今回は上記の「その日」に出てくる父親と長男の会話だけ取り上げて、次回以降順次、各編を読みます。なぜ今回だけそうするのかと言えば、前回同様、宮沢賢治「永訣の朝」が出てくるからです。


 「その日」と言うのは、妻が余命の宣告を受けて以降、夫婦が使うようになった永訣の日を意味する言葉です。前夜、妻が入院中の病院から、「一刻を争う状態というわけではありませんが、朝からは、もう病室に詰めていただいたほうがいいかと思います」という連絡が来ました。その日が来たようです。かねてからの約束で、父親は子供二人を病院に連れて行きます。

 明日は病院だと子供に告げた父は長男に、高校の国語の授業で習った宮沢賢治「永訣の朝」の「書き出しのフレーズ」の話をします。「けふのうちに/とほくへいってしまふわたくしのいもうとよ」。父は高校生のころも、妻が病む前も、人は危篤に陥ると慌ただしく去ってゆくというイメージを持っていました。しかし彼の妻は長く患い、その日も一刻を争うほどではないにしろお別れの覚悟を求められました。


 突然現れて親しい者(あるいは自分)を連れ去ってゆく死の例として、著者は主人公に「交通事故と心臓麻痺」を想起させています。同居していた私の父方の祖父は交通事故で、祖母は心臓麻痺で急死しました。お別れの覚悟なんて考える暇もなかったです。しかし、宮沢賢治は妹の死が「今日のうちに」という時間的な幅を持ったものであることを語っており、高校生には難解でしたか。

 重松さんは私の三歳年下ですが、さすがです。私は恥ずかしながら、この箇所を再読するまで賢治が「けふのうちに」という言葉遣いをしていることに全く気付きませんでした。妹のとし子は結核で亡くなったそうですから、やはり長い患いの期間があったのでしょう。それでも当時の医学の水準で、今日のうちですと判断できたのかどうか。


 本編の場合、駆け付けた夫に対し「師長」(むかしは婦長さんと言いました)の山本さんが、「血圧の上が五十を割り込んでますから」、「おそらくお昼ごろ...夕方まではもたないと思います」と伝えています。看護師が何度も機械の数値を確認し、医師が「少し、早いかもしれません」と告げました。その日はゆっくりと過ぎ、着実に到来しました。

 永訣の朝、賢治は妹の看病をしつつ、乞われるがままに、みぞれを集めに外に出ました。まさか、それと同時並行で詩作に励んでいたわけではありますまい。とし子が亡くなってから書いていますので、今日のうちにという切なさが身に染みたはずです。賢治はみぞれを天国のアイスクリームに例えました。ソフトクリームではなくて、それこそみぞれアイスです。


(つづく)

奄美大島 土森海岸  (2025年7月12日撮影))


















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