おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

永訣の朝  (第1280回)

 先般、2冊の本の読書感想文を書くと予告しましたが、歯が折れた話をはさんだうえ、さらに今回は宮沢賢治の詩が話題です。それと言うのも、この2冊の本に期せずしてこの詩が出てくるから先に触れておきたくなりました。
 
 私が宮沢賢治の作品を読んだのは、どちらが先か不明ですが、自宅の児童向け文学全集に収録されていた「風の又三郎」と、学校の国語の教科書に載っていた「雨ニモマケズ」です。

 しかし長い間、私は宮沢賢治の文体、言葉遣いになかなかなじめず、ようやく「永訣の朝」を知ったのは大人になってからです。それも気まぐれに立ち寄ったコンビニで買った本。別冊宝島「もう一度読みたい宮沢賢治」。定価800円。


 今回の記事もカテゴリーでいうと「老いを見つめる」に含めているのですが、詩に登場する二人はいずれも二十代の若者です。一人が「わたくし」すなわち作者の賢治兄、もう一人が妹の「とし子」。とし子は重い病を得て床に臥せたまま歩けないようです。

 宮沢賢治も37歳で病没しておりますから、この優秀だった兄妹は老いる前に亡くなったことになります。ではなぜ、このブログで記事一つ分を設けるのかといえば、自分の考え方を改めたことを残しておきたいからです。


 第1回から生老病死という仏教のことばを使っています。これまで、何となくですが四苦は、我等の苦しみがこのどれかに分類されるというような感覚でおりました。まるで血液型のように。

 これは「四門出遊」の故事を知ったきっかけが、若いころ読んだ手塚治虫ブッダ」であり、その視覚的な記憶が強く印象に残ったのかもしれません。この日、ふたりは生老病死のすべてを共有していました。宮沢賢治については、機会を改めて記事に致しましょう。


(おわり)



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国の天然記念物 ムラサキオカヤドカリ  (2025年7月12日撮影))
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