ここ何回か、最近再読した書籍の概要の紹介も兼ねていますが、偶然ではありません。膝が動かなくなったり、視力が衰えたり、歯茎が痛んだりと、六十代になって加速した老化に直面しつつ、これまで読んだ本の中で、先人が老いというものをどう受け止めていたのか確認したくなったからです。
詳しくは後の回に譲りますが、十年単位で私を痛めつけて来た持病のうち、腰痛と並ぶもう一方の横綱が歯周病です。歯周病も症候群の名称で、私の場合はその中でも重い歯周炎。これまで5本の歯が抜け、昨日、6本目を抜きました。抜いたと言っても、もう歯も歯茎もボロボロで破片の片付けと、掃除(腫れて痛んでいた箇所の消毒)をしました。一日経過して、今のところ順調です。
夏カゼもようやく収まり始め、鼻づまりと微熱で呆然自失状態だったものが、二三日前からいつもの鼻かぜくらいまで回復してきました。ここで油断は禁物につき、外出は控えめにして、多田富雄著「寡黙なる巨人」(集英社文庫)を再読しました。良い読書でした。たとえ病いであろうと老いであろうと、新しい経験は新しい感じ方考え方をもたらします。
この書は今回ただ一度で語り尽くせるようなものではありません。本日はその中で、再読にあたり特に強く印象に残った箇所についての感想文です。この本は十年くらい前、まだ私が企業との業務委託契約に基づき、フルタイムに近い密度で産業カウンセラーを続けていたころに勉強のため買った本の中の一冊です。多田氏はもう故人になられましたが、免疫学者、当時東京大学名誉教授。
その当時は、五十代半ばの自分にとって、この著者のような重篤で急激な疾病が自分を襲うだろうか、などということさえ考えもしませんでした。誰にでも起きそうなことは、自分にでも起きうるのに。著者が倒れたのは2001年、67歳になったばかり。私は当年とって65歳ですから、三歳弱しか違いません。
それに脳の梗塞は、私の家族親戚のうちなくとも二人、これで倒れています。我が実父は脳幹梗塞でした。今や全く他人事ではないのです。それにしても病前の著者は、元気いっぱい世界を股にかけ仕事や娯楽に走り回り、健康そのものだったある日突然、事故に遭ったわけでもないのに右半身不随になってしまいました。さらに言語障害(話せない)、嚥下障害(飲み食いできない)。
しかし動かない体の中に、意識や感情が閉じ込められて残りました。医師で学者ですから、いったん死滅した神経細胞が再生しないことは知っています。それでもこのあと、あてもなく果てしないリハビリを続けます。或る日、右足の親指がピクリと動いた。やがて、慣れない左手でワープロを操作し、ゆっくりゆっくりと文章も書けるようになります。一人では風呂もトイレも無理ですが。
苦心惨憺リハビリをしなくても電動車椅子、介護保険制度、妻が準備してくれたバリアフリーの住まいがありますから、大人しく暮らしてゆくことはできます。なのにこの労苦を続けるのはなぜか。この先は僭越ながら私自身も含め、自分にはそういうことは起きないと油断している全ての人に読んでいただきたい文章です。
その理由を書こう。私には麻痺が起こってからわかったことがあった。自分では気づいていなかったが脳梗塞の発作のずっと前から、私には衰弱の兆候があったのだ。自分では健康と信じていたが、本当はそうではなかった。安易な生活に慣れ、単に習慣的に過ごしていたに過ぎなかったのではないか。何よりも生きているという実感があっただろうか。
元気だというだけで、生命そのものは衰弱していた。毎日の予定に忙殺され、そんなことは忘れていただけだ。発作はその延長線上にあった。それが死線を越えた今では、生きることに精いっぱいだ。もとの体には戻らないが、毎日のリハビリ訓練を待つ心がある。体は回復しないが、生命は回復しているという思いが私にはある。いや、体だって、生死を彷徨っていたころに比べれは少しはよくなっている。
(おわり)

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