おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

こころの旅  (第1274回)

 私の愛読書の一つ、精神科医神谷美恵子著「こころの旅」日本評論社)の「第八章 人生の秋」に次のような一節があります。1973年に書かれた文章とは思えないほど現代的な内容です。


 現代日本社会の急激な工業化、都市化、核家族化のために、老人たちの生活は孤独と困窮におびやかされている。これからはインフレや物資不足のあおりを真先に受けるのも彼らだろう。

 壮年までならば心身に備わっている、みずからの活力でみずからの生きかたを根本的に変えたり開拓したりすることもできるが、これは老年に期待することはほとんどできない。

 彼らのおかれている状況と、その中での心理を深く掘りさげ、その認識を実際の社会政策に反映させることは、目下の急務にちがいない。


 この項のタイトルは「老年学」となっており、精神医学や心理学の中に、老年を対象としたものが増えて来たという趣旨のことが前段に書かれています。

 しかし学問がまだまだ現実に追いついていない。だから「社会政策」が必要なのだという文脈です。最初の一文にある「急激な工業化、都市化、核家族化」は石油ショックがあったころの社会問題です。

 更に現代風に言い換えるならば、さしずめ「IT化、人口の都市集中、小家族化」といったところでしょうか。その先は書き改めるまでもありません。


 では実際の社会政策に反映されているでしょうか。ちょうど今月、夏の参議院選挙が行われました。私の実感では「老年を対象としたもの」は選挙公約の主流ではありませんでした。

 少子化対策としての賃上げまたは単発の給付。軍備増強と憲法改正。外国人の排除あるいは逆に労働者不足に対応する活用。政党・候補者により賛否が分かれるものの、そしていずれも重要な課題であるものの、われわれ老年には縁の薄い分野です。100年はたらけと言われているばかりのような気がします。


 でも逆らっていても仕方のないことだと神谷さんは諸賢の文献から引用を重ねて主張しています。自然現象としての老化、衰退は抵抗できるものではありません。今さら過ぎ去りし過去にこだわっていても致し方ない。

 我が身の現状と見通しをどう受け止めて「新しい自己像」を造り上げるか。個人差が大きいですから、一人ひとり考え続ける必要がある問題です。幾つになっても、心の旅は始まります。



(おわり)

加計呂麻島 西阿室  (2025年7月5日撮影)





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