おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

永遠の少年  (第1271回)

 前回、心も老いるようだという趣旨の記事を書いていたとき、昔読んだ雑誌に「永遠の少年」という心理学用語の概説があったのを思い出しました。自分の老化現象と直接の関係はありませんが、長く心に残った内容でしたので記録します。

 ただしその雑誌はもう手元になく、しかも学生時代の記憶だけを頼りに書きますので、私の勝手な解釈であることを前置きします。第一、私は心理学者ではありませんから、興味を覚えた方は専門書にあたってください。


 いまネットで「永遠の少年」と検索すると、この言葉には肯定的な意味と否定的な意味があるユング心理学の用語だという説明もありますが、私が半世紀前に読んだコラムは、全面的に厳しい否定的なものでした。

 永遠の少年は失敗を恐れ、些細なことで傷つき、小さな挫折を繰り返す。子供のように好奇心は旺盛で、すぐに別のものに熱中するが、結局は同じようにつまづき、あきらめてしまう。このため成長、成熟することがない。これが前半です。私が当時、驚いたのはこれが自分そのものだと思ったからです。


 続きは少し私と違うように感じました。永遠の少年は似た者同士で群れ集い、「暗いバイタリティ」を発揮し続けるが、そこから抜け出すことなく、青年期から一気に老年期へと移行する。

 幸か不幸か、私は群れ集うことができない性分で、孤独になりがちです。しかし最後の一行にあるように、いつまでも若いと思っていたら、急に心身ともに老化してきたという実感があるため、この半世紀前の雑誌記事を思い出したのでしょう。


 最後に最近、特に政治の分野において、この永遠の少年が増えてきたように思います。似たもの同士で群れ集い、暗いバイタリティを発揮する。年齢的には老人ではないのに、およそ成熟した大人とは思えない言動の数々。不気味な表情。

 若者層の支持があるやに聞いておりますが、その支持者も小さなことで傷つき、挫折と変節を繰り替えすなら、新興政党の人気度も移ろい続けるであろうと思います。そしておそらく永遠の少年は、特定のグループを指すのではなく、だれしも多かれ少なかれ持っている性質のものだと思います。


(おわり)

奄美諸島加計呂麻島  (2025年7月5日撮影)














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