おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

心も老いるのかい  (第1270回)

 新しい遠近両用メガネの出来上がりを待っています。左右の矯正視力がかなり異なったままなので、長いことかけていると眩暈がしてきます。このため食事中などは外しております。老化において、この程度の不便はたいしたものではありません。

 老化現象は当たり前ですが初めてですし、似たような経験すらないので、驚きの連続であります。こうなる前の加齢の経緯は、多くの人にとっても同様だろうと思いますが、身体的・外見上のものから始まりました。筋力の低下であるとか、髪や歯が抜け始めたとか。けっこう気になりだしたのが四十台。


 体の老化は話題も豊富なので追ってまた個別に書きます。次に頭の老化。だんだんと物忘れが多くなってきました。特に人名、地名などの固有名詞が出てこない。これは普段使っていないものから顕著に忘れてゆきます。

 比較的、記憶力は良い方だと思ってきましたので(ほかの人からも言われてきましたし)、その数少ない長所がすたれてゆくのを実感するというのもさみしいものです。幸い今のところ認知能力の低下は、自覚もないし、他人に指摘されることもありません。


 今回は掲題のとおり体と頭だけでなく、心も老化するという実感についてです。体と頭(ブレイン)は内臓の老化ですし、医学の領域でもあります。しかし心の老化というのは検査などで測れるものではありませんし、あくまで私の自覚症状です。

 例えば我が家で一番の楽しみである夏休みの家族旅行。最近は海外旅行には手が届かず、主にこの十年は沖縄と奄美すなわち南の島で、海水浴や釣りなどを楽しんでいます。去年までは行く前も、着いてからもひたすら楽しく、日常の面倒くさい事柄から離れてくつろげました。


 ところが今年、何か特別なことがあったわけでもなく、例年と同様の企画だったのに、旅の準備中も旅行中も、今一つ心が晴れない。なにか大きな困りごとを抱えている訳でもないのに、どうしたことなのでしょう。例えば遠方に移動するには飛行機や鉄道・バスの長距離移動が伴います。

 去年までは(若いころさえ)、移動そのものは窮屈だったり疲れたりという点では同じなのです。ただしそれを事前に疎ましく感じることもなく、着いたらその不便さもすっかり忘れました。そんな簡単なことが今回はできませんでした。簡単に言えば、面倒くさい、鬱陶しいという感覚です。


 体の老化がその一因であることは間違いないようです。ちょっとした移動で疲れるし、重いものを担いで歩くのも大変になってきました。それが加齢による自然現象であることも知っていながら、実際はくたびれているときでなくても、気に病むようになってきました。

 今回はそれを心の老いと呼んでいます。喉にささったままの小骨のように、胸のつかえが取れないのです。あまり気にしないというのが老化に対する大事な処方の一つですが、今回は釣りをしていても、サンゴの海で泳いでいても、気分爽快とは言い切れませんでした。


 体と頭の老いが今後劇的に後戻りすることはないのと同様、この心の老いも、今後ずっと折り合いをつけながら生きてゆくほかありません。幸いこれが理由でもう夏休み旅行をやめようなどとは思いません。心の老いに関しては、まだ初心者なのですから、今後の創意工夫で何とでもなると考えています。


(おわり)


 

奄美大島古仁屋港  (2025年7月5日撮影)












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