おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

憲法九条を世界遺産に  (第1395回)

 本を買おうかどうか悩んでいるときに、ときどき判断の材料にするのが、Amazonの「カスタマ―レビュー」の点数。レビューは余り読まないが、点数は経験的に、ずいぶんと参考になる。

 具体的にいうと、お金ができたら買いたいなと思う本で、実際、読んでみて良かった本の多くは、少人数の高得点か、多数の「星一つ」である。普通は「多数の高得点」を選ぶのだろうが、つまらんベストセラーを買うリスクがある。


 太田光中沢新一憲法九条を世界遺産に」(集英社新書)は、後者の星一つが多数あるケースで、レビューは読まなくても、概ねその内容と文体・表現がどんなものか見当がつく。この歳になると、だんだん時は金なりを意識するようになります。

 このブログを始めるに際して、憲法の本を読むのは、一とおり憲法を読んでからにすると書いたのだが、この本だけは例外で先に読んでおり、ただし、再読するのだけは待った。買ったのはいつだろう。奥付によると、第一刷は2006年、最新が第11刷で2007年。

 これは私が心理療法・心理学を学んでいた時期にあたり、そのころ中沢新一の名を河合隼雄との対談集で知ったはずなので、その絡みで買ったのかもしれない。西暦で分かるように、本書に出てくる「憲法改正案」は2005年の「舛添要一さんの書いた」ものであって、2012年の自民党憲法改正草案は、まだ世に出ていない。


 だが、この本の中身は古びていない。極論してしまえば、狭義の憲法改正論ではないからだ。著者二人の職業や言動からすれば推測がつくとは思うが、イデオロギー的な護憲論ではないし、ましてや法学書でもない。

 さらに言えば、太田の漫談でも期待して買った日には、最初のほうに出てくる宮沢賢治や、ドン・キホーテの話あたりで挫折するだろう。そういう意味で、憲法の議論は、憲法や政治そのものを語るだけでは足りないということを知っていただくためにも、改憲派の人たちにこそ読んでいただきたい本だ。


 個人的には、憲法九条を世界遺産にしようという、冗談か本気か判然としないメッセージには賛成しない。これは、九条がどうのではなくて、世界遺産というのが気に入らない。あくまで当方が言葉から受け取るイメージだが、「遺産」というと「死んだものが残したもの」という印象が強く、富士山も薬師寺も現役であって、ピラミッドとは違うのだと意地を張っている。

 英語の「heritage」には、相続という意味もあり、引き継ぐものをいうニュアンスからすればこちらのほうがいいが、世界相続も何ですし、遺産にしろ相続にしろ、大金、奪い合い、法律問題が絡みそうで、しかも私には縁がないときているから嫌い。

 さらに言えば、最近ではノーベル平和賞を、という声もあり、決してそういう運動を茶化すのではないが、何でもかんでも白人種のお墨付きを有難がるのは止めにしたらどうだろう。私が好きだった高尾山は、タイヤ屋が「星幾つだったか」を付けたばっかりに、渋谷の交差点みたいになってしまった。


 テレビを殆ど見ないので、太田の番組も、殆ど全く知らない。むかし太田総理を何回か観たくらいで、異色のお笑い芸人という程度の認識しか持っていなかった。中沢先生は、2011年に小さな講演会で話をお聴きした覚えがある。テーマは憲法でもチベットでもなく、原発の事故だったので時期を覚えている。その前に登壇した田原総一朗と比べて、語り口がソフトだったな。

 太田・中沢の会談も面白いが、私の場合、強く印象に残っているのは、太田光だけの独白か短文で、桜をみるときの不安感を扱ったものだ。最初にこれを読んだとき、その少し前に千鳥ヶ淵の夜桜見物にいったのだが、あのとき桜を怖いと感じたのを覚えている。


 あの感覚は今でも近所の上野公園で咲き誇る染井吉野の桜並木をみるたびに蘇るし、同時に相変わらず写真を撮って喜んでいる。本書の主題は、憲法というものの持つ矛盾をどう考え、どう扱うかという点にある。例えば、九条で戦争は避けられないが、どう改正しても、やっぱり避けられない。

 あるいは、うちのお袋の場合、戦争はこりごりだと何十年も言い続けてきたのに、最近になって北のミサイルが怖くなったらしく、「自分の国は自分たちで守らないといけない」などと申す。前者の「自分の国」の自分には自分が入っているのだが、後者の「自分たち」に自分は入っていないのだが平然としている。

 そういう点はどうでもいいと思う方も、後半に出てくる「不戦」と「非戦」の違いについての対話は、ぜひお読みいただきたい箇所だ。「不戦」というのは、周知のとおり小泉・安倍の常套句であり、「非戦」というのは言うまでもなく憲法の九条と前文が言い切っているものだ。著者両名のいう「珍品」の憲法たる所以だ。




(おわり)





千鳥ヶ淵の桜並木 ただいまシーズン・オフ
2018年2月9日撮影)