おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

あとで宜しく  (第1375回)

 もう二年くらい前になると思う。何がきっかけになったかすら覚えていないが、一生に一度ぐらいは、憲法改正の議論をしてみたいと、ブログかSNSかに書いた覚えがある。議論の結果、変わらなくてもいいから、多くの人と憲法の話をしてみたいというロマンチックな気分だけだった。
 
 そのときは、まだ不勉強にも、ここで「改正草案」と呼んでいるものがあることを知らなかった。この手回しのよい準備運動の成果品は、今なお最大与党によりインターネットで公表されているので、ここに改めてURLを載せよう。
http://constitution.jimin.jp/draft/


 平成24年4月27日付の正式名称「日本国憲法改正草案」。提案者は自由民主党で、PDFの最後のページに、責任者たち(憲法改正推進本部)の氏名が並んでいる。この改正草案をお好みでない方は、これらの名を忘れるべきではない。今後どう出てこようと、これが彼らの本音だ。

 「野党時代に造ったので、多少、先鋭的になっている」というような言い訳をする者もいるが、現時点でもそのまま天下に示している以上、誰に対してか知らないが、もう引っ込みがつかない状況になっているに違いない。


 小さな子供に「民主主義」の説明をするとしたら、何と言おうか。私なら、大人が選んだ政治家に政治を任せることだという趣旨のことを言うと思う。また、「立憲主義」とは、「今の」憲法を大切に守ることだと言うだろう。改正草案の発想はそういう意味において、民主主義でもないし立憲主義でもない。

 その粋を示しているのが、ただいま週末の私を悪戦苦闘させている第98条と第99条の緊急事態の章だ。生きているうちに、戦後日本の政治的金字塔を得た。各論に入ろう。緊急事態条項は、ほとんどの国の憲法にもあるというのが、賛成論者の良く使う論法である。


 これが本当かどうか知らないが、とにかく説明が足りない。その1、ほとんどということは逆に、日本以外にも緊急事態の条項に類するものが無い憲法もあるということだ。お示し願いたい。無いので困っている具体的な状況も教えてほしい。

 もう一つ。この改正草案と同じような内容のものが、世界の大勢を占めているのかどうか、そういう話をさっぱり聞かない。もちろん、現在の憲法第9条のように、世界にも珍しい定めがあって構わないのが憲法というものだから、内容によっては特殊性があってもいい。


 では、第98条第2項案の、これはどうか。
二 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。

 昔どこかで読んだおぼろげな記憶しかないが、他国の緊急事態宣言の中には、「事前に国会の承認が必要」という制度しかないものがあったはずだ。「事後承諾は駄目」ということです。


 当然のことだ。先ほどの私レベルにおける民主主義の解説によれば、国会こそ我々が選んだ代表者が政治を行うところであって、国民に選ばれたのは内閣ではなく、国会が唯一の立法機関であると「今の憲法」に明記されている。

 緊急事態が何であろうと、急ぎに急がないといけない状況なのかどうか、事前に国会が承認しなくても構わない制度なのであれば、その次の第99条案にある「内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができる」は、どこかで聞いた覚えがあるが、憲法停止だ。


 内閣が自分で(ちなみに閣議と言っているが、言うまでもなく罷免・任免の全権がある以上は、内閣総理大臣の独断と閣議決定は同じものとなり得る)、緊急事態宣言をし、国会から立法権を取り上げるということだ。うるさい野党の意見を聞かなくて済むし、国会中継もない。ここは、すごく分かりやすくできている。ありがたい。

 事後承諾の期限も書いていない。一応、「百日を超えるごとに...」と後のほうに書いてあるが(後段で引用します)、事後承諾を与えた国会が(つまり、衆参両院で過半数を握っていれば)、延長に反対するはずもなかろう。

 これを担保するため、第99条の第4項には、終身雇用制まで準備されている。
四 緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。


 まだある。もう一度、第98条に戻り、次は第3項案。
三 内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があったとき、国会が緊急事態の宣言を解除すべき旨を議決したとき、又は事態の推移により当該宣言を継続する必要がないと認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、当該宣言を速やかに解除しなければならない。また、百日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない。

 これは、手元がくるって事後になって国会に「緊急事態ではない」と言われてしまった場合だ。こちらは文面からすると、即座に否定されるケースもあれば、時間の経過により事態が改善し、もはや緊急事態ではないとみなされる場合も、両方ある。そこまではともかく、本項の結論は宣言の「解除」です。


 この先は法律家の意見を拝聴したいものだが、私が従事している人事関係の仕事に関連して出てくる司法や行政の専門用語に、「雇用契約の解除」と「解雇の無効」という言い回しがある。解除と無効は、違う。

 雇用契約の解除とは、両当事者(労使)の合意による契約の終了・中断もあるし、一方的な破棄(自己都合退職や解雇の一部)もある。共通して「解除」とは、その解除ときまでは有効だから、その日までの働いた分の賃金は支払わなければならない。


 一方、「解雇の無効」で使う「無効」は、解雇したその日にさかのぼって法的効果なし(つまり、クビは無かったことにせよ)ということだから、その日以降、解雇無効が決まった日まで、引き続きずっとその会社の社員である。有休も賞与も退職金も社会保険も、その計算の根拠になる期間に入れ替わる。働いていなくても。

 これらと同じ意味に使っているとしたら、第98条は無効ではなくて解除だから、宣言した日から国会に袖にされた日までは、宣言内容通りで変わらず、遡って無効になるのではない。何をしてしまっても、その期間に閣議決定したものは有効だ。

 その効力は、次回に譲るが、第99条にもあるように、前出の法律と同じ力を持つ政令もそのままだし、その間に「何人」や地方自治体に下した命令も、違法ではないし、有効なままだろう。刑法を改正して、私を刑務所に放り込んでも構わない。繰り替えすと、これが彼らの本音です。




(おわり)




今のままなら美しい国  (2017年7月22日撮影)














































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