おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

シビリアン・コントロール  (第1255回)

 憲法第66条は、内閣の構成(第1項)と責任(第3項)という基本的な定めを示している条項であるが、本日は残る第2項を話題にします。改正草案が、主張したいことがある風情なのだ。

【現行憲法

第六十六条 内閣は、法律の定めるところにより、その首長たる内閣総理大臣及びその他の国務大臣でこれを組織する。
2 内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない。
3 内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ。


【改正草案】

内閣の構成及び国会に対する責任)
第六十六条 内閣は、法律の定めるところにより、その首長である内閣総理大臣及びその他の国務大臣で構成する。
2 内閣総理大臣及び全ての国務大臣は、現役の軍人であってはならない。
3 内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負う。


 とても目立ちますが、変更点は国務大臣が「文民でなければならない」から、「現役の軍人であってはならない」になっている点です。なお、最近の総理の気分転換を受けて、国防軍案を引っ込め、自衛隊の明記に宗旨替えする場合、ここをどうするつもりなのか楽しみにしている。少なくとも「軍人」は使えまい。

 わざわざ「現役の」と冠している以上、退役したらOKなのだ。軍制には「予備役」というのもあるのだが、これもどうするつもりなのか楽しみだ。さて、退役すればよいのだから、昨日付けで退役した人も、今日から大臣になれる。

 
 しかし憲法がここで言いたいのは、本日の職業のことではあるまい。トップが後進に地位を譲り、かえって雑務やルーティンから解放され、行動の自由を得て組織に対する影響力を増すというのは、商店街のおじさんから内閣総理大臣に至るまで、この国では珍しくも何ともない。

 かつての院政がそうだったし、関ヶ原のときの黒田官兵衛もそうだった。カダフィ訒小平も然り。ワンマン社長は、ワンマン会長になると、一層手に負えなくなる。したがって、大臣になるほどの大物は、軍籍を抜いたからといって軍隊と無縁になるというのは楽観的に過ぎる。


 先般、制服組(ここではミリタリーと同義とします)の一番偉い人、統合幕僚長憲法自衛隊を明記するという総理案を「一自衛官として」、「ありがたい」と評価したらしく、一部で問題になっている。詳しい背景や文脈は知らないが、講演会でのことらしい。居酒屋ではない。

 それは「ありがたい」だろう。ただでさえ、あれだけ貢献し苦労しても、組織の存在そのものが違憲であると多くの憲法学者や、一部の野党から言われ続けているのだ。たまったものではあるまい。私が想像する以上に切実な思いであるに違いない。


 それに、元幹部が東京地裁から有罪判決をくらったばかりだ。前後してPKOでは、なぜ「駆け付け」させられ、なぜ呼び戻されたのか分からないであろう南スーダン往復が終わったところ。沖縄の基地問題も難航中。これでは士気に影響するとトップが考えるのは当然のことだ。一言ぐらい、言いたいだろう

 でも、トップである。いまさら一自衛官ではないと思う。公衆の面前で、「個人的に」とか「一自衛官として」と仰っても、そうは受け取れない人が大勢出ても仕方あるまい。企業で人事部長が「一社員として」といっても、失笑を買うのが関の山だろう。


 まあ、以上は私の考えです。ついでに、あの戦争好きなアメリカの意見も聴いてやってください。前にも引用したサイトで、在京アメリカ大使館内にある国務省出先機関、「アメリカンセンターJAPAN」より。一軍人とて、厳しい。

americancenterjapan.com


 「もちろん、軍人も、他の国民と同様に、公正に全面的に自国の政治生活に参加することができる。だがそれは有権者個人としての参加に限られる。軍人は、政治に関与する前に、軍から退役しなくてはならない。軍は政治から分離された状態でなくてはならない。軍隊は、国家の中立的な公僕であり、社会の守護者なのである。




(おわり)




メダカの仔が生まれました。
(2017年5月20日撮影)












































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