おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

法律が増えると罪人も増える  (第1235回)

 掲題はヨーロッパかどこかの諺だったと思います。もちろん、悪事の件数そのものが、増えるわけではない。そろそろ憂さ晴らしの寄り道も、いい加減にして条文に戻る。

 ただいま、私の日常生活とは幸い縁が薄い、刑事事件だの裁判だのといった箇所で難儀しているところです。憲法が、これでもかという感じで条文を重ねているのには、何か意味があるはずだ。第34条と第35条を並べてみる。


【現行憲法

第三十四条  何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。

第三十五条  何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。
2 捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。


【改正草案】

(抑留及び拘禁に関する手続の保障)
第三十四条 何人も、正当な理由がなく、若しくは理由を直ちに告げられることなく、又は直ちに弁護人に依頼する権利を与えられることなく、抑留され、又は拘禁されない。
2 拘禁された者は、拘禁の理由を直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示すことを求める権利を有する。

(住居等の不可侵)
第三十五条 何人も、正当な理由に基づいて発せられ、かつ、捜索する場所及び押収する物を明示する令状によらなければ、住居その他の場所、書類及び所持品について、侵入、捜索又は押収を受けない。ただし、第三十三条の規定により逮捕される場合は、この限りでない。
2 前項本文の規定による捜索又は押収は、裁判官が発する各別の令状によって行う。


 これらは、治安当局が「暴力装置」にならないための規制と考えて間違いなかろう(なお、このあとも続きがあります)。二か条まとめて出したのには理由があるので、後ほど触れます。

 まず、あまり日々の暮らしで使わないし、聞くのも稀な「抑留」と「拘禁」という言葉が出てくる。よく耳にするのは「拘留期限」なのだが、どう違うかと言うと、よくわからない。たいていの辞書的な意味としては、「抑留」が短期的・一時的なもので、「拘禁」は長期的・本格的なものというニュアンス。


 シベリア抑留は違うと思うが、ここでは有力説に黙って従うとして、「しょっ引く」と「ぶち込む」の違いというくらいか。最近ここでは、時代劇の用語で刑事法用語のとげとげしさを和らげているつもりなのだが、もう時代劇、無いんだよね。

 英語の力も借りておこう。英語版の憲法では、「抑留される」が「be arrested」、 つまり逮捕される。また、「拘留される」は「be detained」で、自由を奪われるというような広い意味がある。


 さて、現憲法の第34条における文章表現上の特徴として、「正当な理由」が不可欠なのは、長期の「拘禁」だけである。他方で、改正草案は珍しく気が利いていて、両方ともに「正当な理由」を要求している。「改正」だろうか。正当な理由があるに越したことはない。

 ところで、現憲法は第35条で「第三十三条の場合を除いては」という例外規定を置いている。第33条は現行犯逮捕だった。すなわち、現行犯人の場合は、必ずしも正当な理由は求められていない。例えば、どうにも怪しく危ない奴だという刑事さんの第六感に頼ることもある(この例でいいかな?)。


 これは捜査の手続きのことだろう。逮捕するかどうかは、明記されていない。刑事訴訟法には、あとから呼び出す規定がある。それはそうだろう。証拠の吟味が必要なときだってあるはずだ。

 改正草案はどうか。疑う癖がついたのは、たぶん私のせいではない。第34条案は、「正当な理由」を増やせば増やすほど、誤認逮捕だの不当逮捕だの別件逮捕だのと、非難されるリスクを減らすことができる。例えば罪状が676ぐらいある法律を作れば、手堅く攻められる。法律に羅列しただけで防げるなら、ぜひテロも含めてほしい。


 もう一つの論点は、例によって権利と義務の関係です。第34条は、現行では「正当な理由」を提示する義務が国にあるが、改正草案では「正当な理由」を求める権利が国民にある。同じか? 何か違うような気がする。

 これは、広義の情報開示請求である。わが都知事が「のり弁」という懐かしい比喩を上手く使ってみえたが、かくのごとく権力側が、「見せなくてはならない」から、「見たけりゃ見せてやる。だたし、その範囲はこっちで決める。」ということでしょう。


 第35条は、現行条文に「権利」と「侵されない」があり、一方で、改正草案はそれらを巧みに消した。ほかにも探せば綻びがあるかもしれないが、老眼の酷使もこれが限界である。でも、これで十分だろう。

 母方の祖父は、明治から昭和にかけて、「おい、コラ」時代の警察官だった。生きていれば、ぜひとも本案の是非について、彼の意見を聴いてみたいものである。きっと、「当たり前のことを訊くな」と不機嫌に言うだろう。祖父は耳が遠かったが、「彼ら」は頭を遠い昔に置き忘れているらしい。




(おわり)




老木 根津神社 (2017年2月19日)


































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