おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

戦後レジームとポツダム宣言 【後半】  (第1325回)

 前回の続きです。ポツダム宣言の第10条は、前半に日本国民を奴隷にしたり、国民国家を破滅させたりはしないと書いており、亡国だけは避けられそうであった。国体は護持されたとしても、後半で戦争犯罪人は容赦しないと書いてある。意地悪く勘ぐれば、ポツダム宣言の受諾が遅れた理由は、ここにもあるかもしれない。
http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/docs/19450726.D1E.html

 第11条では、日本はその経済を支えるための産業は維持して宜しいという。散々、都市部を空襲や原爆で破壊しておいて、自分たちで食っていけということだろう。但し書きがあり、戦争の為の再軍備を目的とする産業はまかりならんと書いてある。これは線引きが難しいに違いないのだが、例えば原子力発電所はお目こぼしとなっている。ともあれ、経済活動には比較的、おおらか。


 第12条は政治のこと。占領軍の撤退要件がある。日本国民の自由意思に基づき、平和的な傾向があって、かつ責任をもてる政府を作るべし。私が本当に一方的に押し付けられた憲法なのかどうかについて断言するのに躊躇を覚えるのは、現行憲法のごときものを早く作らないと、少なくともそれまではGHQも絶対に出ていかないと、ここに書いてあるからだ。

 憲法の内容は確かに押し付けなのかもしれないが、衆参両院を「賛成多数」によりハイ・スピードで通過しているようだし、さらに言えば、そのあとで改正は常に可能だった。「三分の二」の要件が厳し過ぎるとよくいうが、戦後の日本側の憲法改正案も、ついでにいうと明治憲法も、改正要件には「三分の二」という数字が出てくる。この国の一貫した方針であり、占領軍だけに首を絞められたのではない。


 確かに一つの政党で、三分の二議席を確保するのは、そう簡単に実現することではないだろう。逆に、そんな一方的な議席配分になったら、ものすごく怖い政府になりそうだと思う。要は野党も合意可能な内容で発議し、政敵の一部も説得のうえ改正せよというのが、この条件の主旨であると思う。現実には、これまで第9条はそれも困難だったというのが実態だったろうが。

 なぜ半世紀以上もそうだったかというと、田中角栄の表現を拝借すれば、戦争を知っている連中が野党にも有権者にも大勢いたからだ。前回引用した「戦後レジーム」の所信表明演説は、2007年のこと。空襲の炎の中、手をつないで逃げたときに小学生だった母と叔母は、もう七十代の半ばになっていた。さらに十年たっており、今はもう八十代である。今になって出るべくして出て来た改憲論なのだ。
 

 最後の13条に、無条件降伏という言葉が出てくる。有条件降伏派は(ずいぶん昔から論争があったらしい)、ここにおいて無条件降伏をせよといわれているのは「日本軍」であり、「日本(国・政府)」に要求されているのは、「軍が無条件降伏したことを宣言すること」であるというのが論拠の一つらしい。確かに文章は、そのとおり。

 しかし、この論理だけでは淋しくないか。「日本軍」と、「日本国」や「日本政府」は、別物ではなく、前者は後者と深く関係している。日本軍の総帥権は明治憲法において天皇にあり、つまり天皇ポツダム宣言受諾の決断をしなければならないのは自明だろうし、実際にそうなった。そして、同時に天皇は日本の元首である。降伏文書には天皇の名代が署名している。


 降伏条件の有無について、どちらが正しいのかは国際法の専門家にでもお任せする。ポツダム宣言の内容をこうして読んでいる限り、問答無用の要求ばかりであって、話せばわかるという余地はない。最後の一行には、「The alternative for Japan is prompt and utter destruction.」とある。日本が他にどうこう言うなら、即座に完全に破壊するというダース・ベイダー並みの脅し。

 これでは条件交渉の余地があったとは言えまい。白洲次郎は「ひそかに涙す」と書き残しているのだ。もちろん、私は後世に残った文章の写しだけで解釈しているので、水面下で何があったかなどということは全く知らないし、その後の降伏文書やサンフランシスコ平和条約も、まだ一回読んだだけ。ともあれ万が一、高揚感を得たいだけで、敵に「条件を呑ませた」というのだとしたら、それは危ない動機から来たものです。


 むしろ、勝てば官軍の傍若無人ぶりの証明に使った方が、まだしも精神衛生上も、「戦後レジームからの脱却」にも有用だと思う。ともあれ、降伏に至る複雑な経緯が、私の憲法の勉強にそれほど重要な意味がある課題だとは思えない。混乱するだけだろう。

 何度もいうのだが、もうこの憲法で何十年もやってきて、首相が認めているとおり、国家の独立性という形而上の課題を除けば、かつてはこれで世間も格別の問題はなかったはずなのだ。そして更に繰り返すと、大事なのは憲法やそれに基づく法制度の、どこが時代遅れであり、それをどう変えるのが良いかという点に尽きる。では、第9条の改正案はどうか。






(おわり)





玉音放送は暑い日だったという思い出話が多い。正午でしたし。
(2016年8月2日撮影)



















































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