おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

5月11日 きゃりーぱみゅぱみゅ  (第1268回)

著名人や芸能人は、政治を語ってはいけないと本気で考えている者がいるらしい。意図的な言葉足らずであって、補足すれば、自分が応援している政党なり政治家なりの悪口は言ってはいけないという意味であり、この自己陶酔を侵害されると激しく反応する。

5月11日に、きゃりーぱみゅぱみゅ(この表記で本当に良いのだろうか)が、少し前にTwitterに投稿した画像付きのツイートを削除し、その理由と謝罪の言葉を付した一文を改めて書き入れました。今も読めます。相当の反発を受けたのだろう。


私は遠く見えない安全なところから、投石するやつが嫌いです。そういうことは、たとえばイエスさまも諫めていて、二千年前の彼のご近所は聴きわけが良かったのに、今では財務大臣麻生太郎君によると、民度が違うからか、一向に減る様子がない。

COVID-19は発生の報告があった初期段階から、市場や家庭でのクラスターの発生リスクが高いと言われていました。また最近では、新型コロナウイルスは唾液の中に多いという説も出てきて、そうならば、ますます三密のうち三つ目の「密接」にあたるお喋りや怒鳴り声、歌や直箸は、リスクが高そうです。


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雨上がりの蓮の葉  (2020年5月11日撮影)


三密が同時に発生しやすいところというと、まことに具合の悪いことに、われわれの趣味・娯楽の場が典型です。スポーツ施設、ライブ会場、寄席、舞台、劇場、映画館、動物園、遊園地。

そして昭和前半の生まれであることがすぐ分かる言葉遣いでいうと「夜の街」。流行歌や演歌、ヤクザ映画や日活ロマン何とかには欠かせないが、誰かの生活の場でもある。このウイルスは、私たちから仕事と遊びを奪った。

行政や報道が自粛要請を言い始めたころから、これらはターゲットになり、東京ではますます冷遇されております。学校が閉鎖されても、すぐに教師の給料が減るということはないと思うが、こういうところで働く収入が不安定な人たち、特に人気や流行に左右されやすい人たちは、日銭が入らなくなってきた。


水商売という。夜の街と誤解されやすいが、歌手も俳優も芸人も同じで、その日の働き場や、興行の場がなくなると、どうにもならない。中には大金持ちもいるようなので普段から羨望を買いやすく、不平をいうと反撃されやすい。だがそれでも、彼らは声を上げました。生活がかかっておるのです。当たり前ではないか。

だが特にSNSやブログは、無気力で無精で狂暴な者が簡単に誹謗中傷できるので、危険なエリアです。吉永小百合が同じことを雑誌で語ってもグウの音も出ないのだろうが、Twitterなどでは匿名で手間暇も経費もかけず、無言電話やカミソリの刃の郵送よりも簡単に、罵詈雑言と劣悪な感情をぶつけ、ヤバくなったら逃げる。


本当は著名人の影響力が怖いのだが、そうも書けず、別の本音で、たかが歌やら楽器やらトークやらが上手いだけで法案も読めないくせに、というイチャモンをつけることになる。同じ5月11日付でフォーブス誌が報じたきゃりーぱみゅぱみゅの談話を貼ります。未確認ながら、たぶんプロンプターは使っていない。

例の検察がらみの法案は、国会の閉会とともに廃案になるらしいが、あれはあれで別途、話題にするかもしれない(労多くして益少ないので思案中)。これがまた酷い駄文・悪文で、あれを読み切って理解でき賛成する者は、庶民の敵だと考えてよい。

思想信条や支持政党の如何を問わず、緊急事態に対する政治への批判が、その時の内閣や最大与党に向かうのも当然のことだ。しかし話をしたくても、かつての井戸端会議やら床屋談義やらお茶の間やらごとく、好き放題言えて反駁されて勉強できるような生身の付き合いはすたれた。


そんな折、自宅にいろよと政府やら無関係の人たちにまで言われて、うちに封鎖され手持無沙汰になってしまい、ネットやテレビに触れてみたらば、この体たらくだった。何よりも政治が重要な時期に、その政治が肝心なことをしていないとか、余計なことをしているとか思えば、手段を選んで、その声を届けないといけない。

心構えが必要です。慣れないことを始めるときは、試行錯誤が避けられません。それから、すでに日本に限らず起きてしまったように、命に関わる沙汰になりかねないので、自衛の方法も準備願います。都知事もこれからは自衛の時代だと言っていました。



(おわり)



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間もなく都知事ポストを争う選挙がある (写真はイメージです)

























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