おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

月を追いかけて  (第1160回)

 映画の感想文サイトのようになってきた。毎回お断りを書きますが、ここの感想文は映画だけでなく小説も漫画も、ストーリーから細部に至るまで書きたい放題に書きますので、まだご覧になっていない方はご注意願います。特に今回は突拍子もない誤解かもしれないものを、そのまま書く。

 1984年公開のアメリカ映画「月を追いかけて」は、主役格の三人がほぼ私と同年代で、特に主演のショーン・ペンと私は同い年だから、顔がアップになれば何時ごろの映画か自動的に分かって便利。それにしても、二十代の私は年間、100本以上の映画を観ていたのだが、これを見たことも聞いたこともない。当時の日本では、公開されなかったのだろうか?

 ちなみに、映画のタイトル「Race with the Moon」の邦題は、私もこれが一番だと思う。ただ、おそらく直訳すれば「月との競争」であり、月明かりの下、ニコラス・ケイジショーン・ペンを、チキン・レースに誘いこもうとして叫ぶ「Race with me」にかけている。


 彼ら(もう一人は、女優のエリザベス・マクガバン)が出演したほかの映画、「タップス」や「ランブルフィッシュ」、「ワンス・アポンナタイム・イン・アメリカ」は、はっきりと映画館で観たのを覚えているのだが...。なお、ボウリング場でピンごとショーン・ペンを倒そうとして殴られ血まみれになっている少年は、「バック・トゥー・ザ・フーチャー」でマイケル・J・フォックスの父親を熱演している。

 本作におけるショーン・ペンの親父さんも、実にいい。本人の言動だけではなくて、息子の話に出てくる父の話題もいい。さきほど主役格を三人と書いたが、四人目にしても良いくらいだ。父は墓堀り人夫という厳しい仕事だが、日々、ひとの人生の終わりに接している方ならではのお人柄で、親子ともこれを誇りに思っている。


 もっとも賃金は低いだろうから、妻は息子のショーン・ペンカーネギー・ホールのピアニストにする夢を追いかけている。たぶんこんな毎日から抜け出したい気持ちもあって、息子は海兵隊に志願したのだろう。

 お母さんの気味ちもよく分かる。アメリカの労働者階級や、戦後しばらくの日本では、芸術やスポーツで一流になるか、それが無理なら学歴を付けようと子供たちに夢を託した。子供たちには、えらい迷惑になった。


 冒頭で線路を一人歩くショーン・ペンの顔色がさえない。24歳ぐらいの彼を、17歳の高校生世代に配した理由の一つは、ここにあるのではと思いたくなるほど、線路脇で遊ぶ二人の子供を見つめる彼の表情には、疲れのようなものがにじんでいる。ラスト・シーンの華やかさとは対照的だ。この直後の場面に登場する、活発ないたずら小僧の姿とは大きく違う。

 字幕に、1942年のクリスマスと出るのは、このプロローグが終わり、17歳のショーン・ペンがピアノのお稽古をさせられているシーンに、ようやく出てくる。だから冒頭場面の年代は明らかでない。

 物語の部隊は、カリフォルニア州ミューア岬と示される。この映画が作られた数年後に、2年余り、サンフランシスコで働いていたころ、この辺りには、行く宛てもないドライブや、接待ゴルフで何度も何度も行った。放牧地が広がっていて、緑が美しい。


 この映画は、いろいろな観方ができる。恋愛映画でもあり、友情物語でもあり、コメディとしてもすぐれているし、戦争映画としても秀逸だ。ショーンとニコラスの友人らしき人の兄貴が、ダガルカナルで戦死したと、出征間近の二人が元気なく語る場面がある。日本軍がガダルカナル島を撤退し始めた最終段階で気の毒なことになったらしい。その墓を父が掘る。戦時国債の募集ポスターも出てくる。

 1942年だから、車はクラシック、テレビは白黒、賭け事はビリヤード。金銭価値は私がカリフォルニアにいたころ、堕胎は千ドルと聞いたことがあるが、映画では150ドルになっていて、これが関係者一同の大変な負担となり、騒ぎの元となった。まだ、ロック&ロールが登場していないので、ジャズの時代だから、音楽監督デイブ・グルーシンだ。オープニングのピアノの素敵なこと。

 脚本が優れているだけではなく、小道具の使い方も上手い。ピアノはもちろん、お花、青のシューズ、ネックレス、写真、汽車、月、犬。月と犬は、小道具と言っていいのかな。ヒロインも笑顔が良く似合うチャーミングな娘。だがバイト仲間の若者二人には、窮屈な田舎町なのだろう。いたずらにも飽きたようで、一緒に海兵隊員となって町を出ていくのだ。


 とくに、ニコラス・ケイジにとって、この故郷の町に良い思い出はないようだ。戦争から戻っても、ここには還らず、縁を切ると言った。そのときは黙っていたショーン・ペンだが、最後に、これからも一緒にやろうやと語りかけ、相棒も「ああ」と言った。幼馴染なんだろう、きっと。

 しかし、この時期に派兵された海兵隊員を待っていた戦場はソロモン、タラワ、マリアナパラオ硫黄島、沖縄という、この世の地獄だった。最後に、冒頭の場面に戻る。ショーン・ペンが疲れている。線路で遊ぶ二人の子供を見ながら何を思うか。そして、ニコラス・ケイジは、なぜ、いない?





(おわり)






夕月  (2018年5月19日)








 Got in a little hometown jam.
 So they put a rifle in my hand.
 Sent me off to a foreign land.
 Go and kill the yellow man.

  ”Born in the U.S.A.”  Bruce Springsteen














































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