おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

跳躍力が衰えるとき  (第1097回)

 元始、私は水泳部であった。うっかり忘れていたが、先日の同級会でそれを思い出した。当時の女子水泳選手は、前にも書いたような気もするが、十代が活躍期のピークで、二十代になるとベテランのイメージだった。

 いちいち数えていないが、20世紀のオリンピックで女性の成績を調べれば、おそらく成績の上位者はかなりの割合で、ティーンが占めているはずだ。私が聞いた説明によれば、二十歳前後になると内臓が充実し、内臓はたいてい筋肉より重く、比重が大きくなる。特に女性は男性より内臓が多い。


 大雑把に比べれは、陸上の走りは、一次元の世界で前進の速度のみを競う。一方で水泳には浮力という、もう一つの力が必要で、つまり水に浮いているための動作も不可欠だから、比重の大きさはこの妨げとなる要素だ。大人になると、遅くなる。

 現代は筋トレや高地練習の技法が発達してきたし、ターンや水面下での工夫も重ねて、全般に選手生命は長くなった。それでもなお、三次元の世界で女子が比重と闘っている典型例が、フィギュア・スケートだろう。ちなみに、私はスケートが全くできないので、以下はど素人論の極みです。


 公益財団法人日本オリンピック委員会のサイトにあるオリンピック憲章の日本語版によれば、よく耳にするオリンピックの標語は、その第14章に書かれている。ラテン語だそうだ。

 「より速く(Citius)、より高く(Altius)、より強く(Fortius)」というオリンピックのモットーは、オリンピック・ムーブメントに所属するすべての者へのIOCからのメッセージであり、オリンピック精神に基いて研鑽することを呼びかけたものである。」


 採点競技の場合は、これに正確さも加わる。フィギュア・スケートは、時計や巻き尺で計測ができない。とはいえ芸術点だけでは、オリンピックに出してもらえない。SPを規定と呼んでいたころから、あの不安定な履物を、いかに上手く使いこなすかという技術を評価する。

 これは現在、ジャンプの着地でブレードの角度がどうだったかというような、肉眼で見えているとは思えない部分まで、採点されるようになっている。転ぶと大きく減点される。安定感が大きな武器になる。この点で、荒川静香キム・ヨナは、正攻法の王者だった。


 それでも幸いなるかな、冒険者は出る。プルシェンコも羽生も伊藤も浅田も、重力とライバルを振り切って跳躍する。ジャンプがフィギュア・スケートの華であることは、氷上で聞く歓声の大きさから、誰より彼らがよく知っているに違いない。
 
 ここでも選手の体重・比重は、一つの大きな課題であることは間違いないと思う。そう考える根拠は、一つには年齢の下限という制限があること。そして、もう一つ、十代半ばの浅田真央が身をもって、その年齢制限の存在理由を示したことだ。


 跳躍の採点に反映される難易度というのは、その回転数と、限られた時間内での跳躍回数の組み合わせによるものだろう。そして、技術やら運動神経やら筋力やらの他の条件が同じなら、体重が軽い選手のほうが体力的に有利だ。

 これは体操も同じで、かつて共産主義国家の女子体操選手の年齢と体格の見てくれに、著しいギャップがあったことをご記憶の中高年も多くいらっしゃると思う。真偽の程は定かでないが、国威発揚のため彼女らは成長抑制の薬物を飲まされていたという説がある。通常とは逆方向のドーピング。


 乱暴な推測だが、女子フィギュア・スケートから年齢制限を撤廃すると、外見上、中学校の運動会のような、軽業合戦の大会になるはずだ。ジュニアの大会があるのだから、年齢制限は危険だからという理由ではあるまい。

 余りに若手有利では選手の世代交代のサイクルが早すぎて、興行的にも(ヒロインの寿命が短い)、選手のモチベーションにも良い影響はない。そんな中でトリプル・アクセルを武器に十年も第一線にいた浅田は、きっと目に見える体型の変化以上に、重力との闘いは厳しさを増す一方だったのだと思う。


 アクセル・ジャンプは半回転が加わる。浅田の場合、左回転だからトリプル・アクセルは、左脚で踏み切って、右脚で着氷する。降りるときの方が脚にきついだろうと思うのは、重力の手助けで飛び降りるしか能がない私のような者の、想像力の限界です。先ずは跳ばねばならない。そして、簡単には跳ばせてくれない。

 彼女の引退の大きな原因の一つは、左膝の故障だったと報道されている。上記と怪我との因果関係は私には分からないが、それでも浅田真央が他の選手と同じように、ダブル・アクセルと三回転ジャンプの組み合わせで得点を稼ぐ道を選んだなら、片方の膝に負担が集中することはなかったはずだ。

 それは誰よりご本人が知っていたはず。ニュースとスポーツと映画しかテレビを観ない私にとって、冬の夜はリアル・タイムで「浅田が出る」のが何よりの楽しみだった。もう出ない。次の凄いのが出てくるまで、楽しみはお預けだ。





(おわり)




近所の公園 八重桜  (2017年4月16日撮影)



夕暮れの不忍池  (2017年4月15日撮影)







When Gravity Fails - Bob Dylan












































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