勝っちゃったのね、トラさん。世界一大統領の選挙。私はいまアメリカの政治経済に全く利害関係がないし、もともと政治好きな人間でもないし、でもMLBよりは面白そうだから、この半年、レース展開を眺めてきた。ヒラリー・クリントンが順当に選ばれるだろうと思っていたのだが、野球はツー・アウトからだった。あれ?という感じである。
日本政府や金融機関は、想定外の結果に大慌てだと報道されているが、「願えば叶う」がごとき自己啓発セミナーのような調子では、このあと大丈夫だろうか。終わった後なら何でも言えると悪意のある批判も受けそうだが、言う。予想が外れたのだから、反省会は必要だ。気分転換に、知ったかぶりもしてみたい。
終わった後といえば、昔の大相撲の解説は酷かった。番付が上の者が勝つと「地力の差」と言い、下の者が勝つと「自分の相撲を取った」と言う。まるで今のスポーツ選手のようではないか。この程度の解説なら自分でもできると小学生のころ思っていたが、いや、もっとましなお喋りができただろう。
政治評論家ではないから、好き放題、言うのだ。彼が選ばることは、よもやあるまいと思いつつ、ヒラリーの言動について、嫌な予感がしたことが二度ある。先ずは、サンダース候補と接戦になったときだ。サンダースさんは左派で、ヒラリー陣営は対決姿勢をとり、「右折」した。
このころのテレビ放送か何かで、政治デモ参加者の取材風景をながめていたのだが、マイクを突きつけられた若い女性が「クリントンは、労働者の味方じゃない」といって顔をそむけた。これが一回目。私なりに、なぜ嫌な感じがしたかの説明が要る。
大雑把きわまるくくり方だが、共和党は伝統的、カウボーイ的なアンクル・サムのような連中。民主党は、この保守体制からはじかれている人たちで、労働者、エスニック・マイノリティ、伝統産業以外、マスコミやインテリ(これもマイノリティ。だから、東海岸と西海岸で強い)といった少数派連合で、共和党が国を危うくすると登場する。
この労働者だが、民主党の大票田である産別労組は、最低賃金で暮らしているような人たち専用の団体ではなく(皆無という意味ではない)、実際この目でうんざりするほど見て来たが、20世紀のアメリカ中産階級を構成していた都市労働者はたいへん豊かで、二十代の私より給料がやすいのに(経理やってました)、自家用のセスナやクルーザーやビリヤード台や別荘を持っている。
そもそも国の豊かさの次元が違う。個人ベースでも蓄積が違う。高度成長でたった一二代が築き上げた日本のマイホーム生活とは、おなじ中流でも物差しが違う。違っていた。でも、聞くところレーガン政権以降、進展した中流階級の没落と、低所得者層のさらなる貧困化は、どうやら私の知るアメリカの政治経済社会を変えてしまったらしい。
でも思えば、同じような構造変化は欧州諸国や日本でもとっくに起きており、我が国では二回にわたる政権交代が立て続けに実現し、すでにツー・アウト。野球と同じでありますように。イギリスでも、驚きの選挙があったばかり。読んでびっくりのマジョリティ・レポートばかりだ。
ヒラリーは自身がその出身でもあった中産階級の労働者が、自分を支持し続けるだろうと考えていたのかもしれない。だが、相手のほうが変化しており、その何割かがサンダース側に流れ、でも堰き止められて、トランプ側に移ったように思う。天下のアメリカが今、必要としているのは、きっと応援団長なのだ。
固有名詞は挙げませんが、日本だって国政でも都市部の首長選でも、似たような人が出てきて、選んでは困り、困っては選びなおすを繰り返している。現状打破も大いに結構だし、切実に必要とされているのだろうが、先は見えない。壊し屋は成功すれば、御一新と呼ばれ、失敗すると軍国主義者と呼ばれる。それでも、運頼みをしたかったのか。
ヒラリーの選挙戦略で、もう一つ、気になったのは、「ガラスの天井」の連呼だった。ここから先は、ジェンダー原理主義のみなさんはお断りします。どういう人たちかというと、村上春樹が「海辺のカフカ」の中で、飛行機のトイレを例に挙げて追い払ったような視野狭窄を起こしている方々のことだ。ほかで頑張って下さい。
最初の女性大統領というのが、彼女の新鮮さを売る標語になった。オバマさんのときは、初の黒人大統領でした。彼は選挙期間中、自分が黒人であることに繰り返し言及していたが、黒人のための政治をするとは言っていなかったはずだ。選挙に勝つには、一人一票である以上、人口の多い白人とヒスパニックは、まとめて敵には回せない。
ヒラリーの場合、彼女自身も言っていたように「人口の半分」の味方だから、勝算あっての戦法だったのだろう。実際、得票数は彼女のほうが上だったらしい。だが、負けは負け。この負け方は、勝てる州で勝ち、接戦の州を落した結果だろう。微妙に票が流れたのだと思う。
これは女性がみんな職場で輝かないといけないらしい今の日本の政治圧力と同じ副作用がある。静かに暮らしたい人も大勢いるはずなのに。この種のプレッシャーを受ける辛さは、私のような弱い男のほうが、ずっと前から知っている。
つまり「男なんだから」と言われ続けて幾星霜。そして女性がみんなヒラリーの威勢の良さを好むと思う人は、ヒスパニックがみんなトランプを憎むと思っているだろう。そんな簡単な社会なんてあるか。
白人もアジア系もヒスパニックも、みんな移民であり、その移民間の対立は、第三者にはなかなか分かり辛い。しかも、我が国の報道機関は、ほとんどヒスパニックで一括りだが、先に来ている連中にとって、あとからあとから入って来て、安い賃金で働かれたら、たまったものではない。
ずっと前にプエルトリコから来て、ウェスト・サイド・ストーリーに出て来たようなプエルトリカンや、フロリダに来ているキューバ系と、私が駐米していたことから急激に増えて、カリフォルニアが右往左往し始めた後から来ているメキシカンとでは、全く事情が違う。トランプは繰り返し「メキシコ」と言い、激戦のフロリダで勝った。私は偶然とは思わない。
それに、「ガラスの天井」は、それ自体、嘘でも誇張でもないと思うが、以下は声を大にして言わないと性別を問わず誤解や迷惑が拡がりそうなので、これを機に書き残すが、それを連呼されて「人口の残りの半分」が、どう感じると思う。
普通選挙が感情に左右される時代になっていることを知っていて、そうしたのなら覚悟の勝負に出たのであり、勝った負けたは時の運。そうではないなら、このポピュリズムの時代、情報操作の巧拙に差があったのだろうと感じる。根拠、無いですからね、念のため。何十年も生きて来た疲れから来る実感だけだ。
このトランプも危なっかしい。家族と僅かな側近しか味方がいない強権発動者は、政治だろうと企業経営だろうと、存在そのものが災害でしかない。まあ、取りあえずお手並み拝見。
(おわり)
風は暖簾を ばたばた鳴かせて
ラジオは 知ったかぶりの 大相撲中継
外勤先そばの国技館でイチョウを見上げる。
(2016年11月9日撮影)
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