おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

ラーメン外交  (第1030回)

 ストーリーの設定の話です。すでに三十年前、私が新宿で働いていたころ、歌舞伎町には中国マフィアとやらが進出していて治安当局が問題にしているという報道があったのを覚えている。だから、この作品にも中国マフィアが出てきて何ら不思議ではない。でも、タイ・マフィアというのは、これまで耳にしたことが無い。

 漫画ではロシア・マフィアも言葉だけなら警察の会議に出てくるのだが、結局、中国とタイの全面対決に終始している。もちろん、タイくらいの規模の国ならば、どこでも地下組織なり反政府勢力なりがあって不思議ではない。でも、なぜこの国が選ばれたのかという、実にどうでも良いことを思案してきた。


 映画でカンナが、両国のボスが手打ちする仲立ちをしているのを見ていて、一応の結論に達したところ報告申し上げる。麺類だ。中国、タイ、日本と来たら、アジアのみならず世界に冠たる麺食品の王者である。

 それぞれ個性あり、品ぞろえあり、文句なしのヌードル王国。漫画では欧州代表のパスタ大国、イタリアの元マフィアも参戦しているが、ラーメンの味に屈して七龍は世界を制した。しかも、この外国産マフィアらは、まだケロヨンの手打ちソバの味を知らない。とんこつも知るまい。


 七龍の暖簾や入り口の窓ガラスは、銃撃戦でボロボロになってしまった。店長はザルで頭を抱えているが、これでは弾丸には敵うまい。何のための中華鍋か。それでもドンパチが止んだので「お嬢ちゃん」に感謝しているのだが、この取り込み中にカンナはラーメンを注文してきた。成り行き上、断れない客である。

 店長の後ろの壁に、縦糸でつなげたニンニクがつりさげてあるのが見える。かつて幼女だったころ、カンナはラーメン屋でニンニクたっぷりという追加注文を、おそらく無料でしていたものだ。ほかにもいろいろトッピングを頼むのだが、○龍の親父さんは優しい。ケンヂ叔父は幼女の可愛さを値引き交渉に利用していたのだろう。


 カンナは味覚も鋭く、七龍のスープの味に覚えがあった。はたして、七龍の店主は○龍の直弟子であった。しかし、あのラーメン屋は一番街商店街にあり、ケンヂたちの隠れ家のそばだったことが災いしたか、巨大物体の大量殺人兵器の犠牲になった。他にも犠牲者は繰り返し出て、その無念を晴らすべく大勢の人が立ち上がる。よげんの書に、そういう予言がなくて油断したのが運の尽きだった。

 二人のしんみりとした昔話の雰囲気を壊したのは、いきなり入って来たチャイポンであった。映画では出身国での極悪非道の行いが描かれていないので、それほどの悪人には感じられず、しかもチャンチャンコ風のお姿であり、上着の色が赤ければ金婚式みたいだろうな。さすが眼光鋭く、カンナとにらみ合っている。


 やや遅れて来たのは、スーツにネクタイ姿で企業舎弟の経営者的な王暁鋒。この人は、馳星周の超人的名作「不夜城」に出て来た上海マフィアの元成貴を彷彿させる。カンナは両横綱がそろい踏みとなった時点で、この二人にもラーメンを作ってと追加注文した。麺は固め。店長はこの一晩で10キロくらい痩せたことだろう。

 チャイポンがカンナの厳しい視線を跳ね返しながら、かつて地元バンコクで、何度も殺そうしたが幾ら撃っても弾が当たらなかった男がいると話すシーンでは、本気で怒っているとしか思えない熱演である。その宿敵が「ショーグン」という通称であったことを聞いた王暁鋒が、「では、日本人か」と訊いた。チャイポンはさあね、知らんと啖呵を切った。日本人と中国人の区別がつかないのは仕方ないが、これでは喧嘩を売ったに等しい。


 王暁鋒がスーツの内ポケットに腕を突っ込んで取り出そうとしたものは、よもやハンカチやティッシュではなかろう。勘定を払うような展開でもない。片やチャイポンも動じない。これでまた、ドンパチやられてはたまらんし、ボス同士が口火を切っては最後の最後までやるだろう。
 
 それは誰も望まないことのようだった。カンナの和平交渉は子供の喧嘩の仲直りのような儀式であったが、当座の危機は回避された模様である。もっとも、この両マフィアが天晴れだったのは、この先、あらゆる危険や説得が繰り返されたにもかかわらず、回心も更生もせず粗暴で狡猾な態度を改めることなく、悪党のまま滅び去ったことだ。

 かくて、ケンヂのラーメン好きは、路上ライブのカセット・テープよりも、一足先に革命勢力結集の基礎固めに役立った。そういえば、漫画ではマルオが自爆を思いとどまったときに現れたケンヂのスタンドのようなイメージの用事も、ラーメンを食いに行くかというお誘いであったな。音楽よりも食い物のほうが即効性があった。悪くない。おまけにカレーとコロッケの商店街ロック。




(この稿おわり)





どうやら私はこういう花が好きらしい。
ホテイ、ムクゲ、アオイ、ハイビスカス。
(2016年5月31日撮影)








 自分で稼いだ金で 自分のラーメンを食べる
 つまらない味の平凡な味の 最高のラーメンの歌

 チャーシューが一枚と メンマが四五本と
 きざんだネギと海苔だけで 他に何が要るだろう

   「ラーメンの歌」    馬場俊英 
    





 

本当に燕の巣も御馳走なのか。
(2016年6月4日撮影)








































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