おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

愛と悲しみ  (第1002回)

 柄にもないタイトルを掲げておりますが、久しぶりに真面目な感想文を書こうと思って衿をただしているのだ。この長編漫画をすべて映像化していたら、予算にきりがなくなり、映画が長くなりすぎると売上に響く。だから、これまで幾つか大事な場面が削られていても、「やむを得ない」とか「仕方がない」とか、少し偉そうだが寛容なところを見せてきた。

 でも、一つぐらいは文句を言っても罰は当たるまい。バンコクでのオッチョの描き方が不足である。この漫画で一番、くわしく内面が描かれているのはオッチョなのだ。それが特にバンコクご滞在中、ごっそり抜けており、これでは彼が日本に行くことになった経緯も、漫画を読んでいないひとには、単に幼馴染に電話で呼ばれたからというふうにしか見えないだろう。それはいかん。


 映画ではショーグンがロリコン野郎を拾いにいく場面と(このロリコンさんも、よう似ていなはる)、昔のシーンだが、息子が交通事故で他界するエピソードぐらいしかない。ちなみに、貴方のせいよと責めていた元奥さんの役は、最近なにかと活躍が目立つ吉田羊さん。

 漫画のオッチョはもっと苦労しており、続けざまに周囲で怪死事件が起きる。日本から一人で捜査に来た警察官は、どうやらリンチで殺されたらしい。ショーグンに「大事なもの」を教え、その危機を知らせに来て命を落とした売笑婦は、マフィアの親分、宿敵のチャイポンに殺された。そして、日本人の元リーダー・元工場長・元コンビニ放火魔も目の前で死んだ。


 刑事のジャケットのポケットから、転がり落ちた指輪には、彼がデザインした目玉と左手のマーク(意匠をパクってはいけないなどと、オッチョは言わない)。万丈目という日本の国会議員。これがチャイポンとつながっているらしい。そして、日本に輸出されているというドラッグのビジネスが、奴らの資金源でもあるらしい。

 ケンヂの電話はそういうときに繋がったのだ。旧友がどこまで話したか詳しくは書かれていないが、秘密基地の話、しんよげん書のこと、俺たちのマーク、そして万丈目。胤舟という芸名は「いんしゅう」と読むらしいが、本名・淳一朗のアナグラムだろうか? 少し文字が余るが。これだけ材料がそろったため、オッチョは「その前にやること」を片付けた後で、日本へと旅立つ。


 彼には母国が二つあるのだろうか。第4集あたりで夜の女たちとの一連の会話を拝聴する限り、日本を故郷と呼びつつも、友達がいるのはここだけだと語り、イソノさんには、どうなってるんだ、あの国はと日本を散々けなしている。では、すっかりタイ人になっているかと思えば、「日本に戻る」と表現しているし、少年サンデーを見つけて「懐かしいな」と感慨にふけっている。

 それまで世俗的な意味で順調だったらしいオッチョの人生は、バンコク駐在時に息子の死で暗転し、強くて意地悪な師に叩きなおされて、バンコクの裏町で薄幸な女たちの味方になった。ここで彼の生涯は、ようやく軌道に乗った。だから最後は、また戻ったのだ。でも、その間、何十年も日本に遠征したままになってしまう。


 日本でも散々な目に遭った。これ以上、愛する人を失ったら立ち直れないと叫ぶまで追い詰められている。そうかい? 彼なら立ち直るだろう。悲惨な体験を乗り越えて、彼は人を愛することができるようになった。それが必要になった。いま手元に「Aging Well」というアメリカの本の和訳があり、トルストイの言葉が引用されている。

 「深く愛することのできる人々だけが、大きな悲しみを経験できる。しかし、この愛したいという欲求が彼らの悲しみを打ち消し、癒すのである.....悲しみは人を打ちのめしはしない」。良いこと言うね、トルストイは。


 多くの人が見上げたオッチョの大きな背中は語る。行動を起こさなければ、何も手に入らない。成長もしないし、悲しみを打ち消すこともできない。彼は師に食らいついていくことから、新しい人生を踏み出した。これがまた遠慮のない師匠で、それでもたまには役に立つことを言う。「目をあけて、しかと恐怖を見つめよ」。

 そういうわけで、恐怖の銃口も、しかと目を開けて見つめていれば、弾は当たらないと信じている。信念が全てを克服するという人生訓も、プールでケンヂに教わったのだ。実際、タイでは当たらなかったが、日本では脚を撃たれて水路か川に落ち、カツオに助けてもらっている。教えたケンヂも脚を撃たれた。この二人は、未来都市のあるべき姿に関する予言にも失敗している。


 悪口で終わると後味が悪いので、映画の話に戻ると、描写が不足した分、キャスティングでは豊川悦司という大柄で、どこか屈折した印象を醸し出している役者の起用に成功している。おかげで、オッチョが単に息子を失った腹いせで、外国人にやつ当たりしているだけのマッチョではないように思える。

 最後に余談。大学時代にロックの好きな先輩から、カセット・テープを借りた。映画にも漫画にも出てくるように、当時のカセットのやり取りは、歌手の名前かアルバムの名前だけ書いてあるのみなので、曲名も歌詞も分からず、それでも楽しんでいたのだ。借りたテープのシールには、「ユーライア・ヒープ」と書いてあった。気に入った。返さなきゃ良かったなと思っている。





(この稿おわり)





 Don't be afraid.
 Just look at yourself.

 目をあけて、しかと恐怖を見つめよ

 ”Look At Yourself”  Uriah Heep
















上野の鳥さん (2016年4月3日撮影)


カモ



ムクドリ



スズメ



カラス



カモメ






















































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