おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

燃え上がるキングマートの午後  (第987回)

 事実は漫画より奇なり。去年の出来事なのでご記憶の方も多いと思いますが、コンビニ店が放火された。ガソリンを撒いて火をつけたらしい。お客さんはおらず、店員二人にも幸いケガはなく、ただし犯人は逃走。

 でも捕まった。当然、防犯カメラに映っており、しかも見る人が見れば誰だかすぐに分かるはずの人物。このコンビニ店の指導担当の社員だったからだ。漫画では大竹さんにあたる。この放火魔は過去、この店の金を盗んだので揉み消しを図ったと供述したらしい。


 本事案の判決は、放火と窃盗で懲役7年。しかも実刑判決だから、かなりの重い罰だ。放火は重罪である。現にこの裁判も、裁判員裁判になった。徳川の時代、放火は場合によっては殺人よりも重罪であったと本で読んだことがある。

 当時の住宅事情を勘案すれば、これも分かる。町ごと焼けてしまうおそれがあり、住民の生命財産に深刻なダメージを招くことになるからだ。無差別テロのような結果になってしまう。


 ケンヂが成田さん詣でのため店におらず、万丈目いわく「もう迎えに行っているころだよ、カンナちゃんを」の現場キングマートは、お母ちゃんとバイトのエリカちゃんが店番であった。エリカちゃんは忙しいのが余り好きではないようで、この日ばかりは妙に大勢の客が来ている店内の様子に不信感を表明している。

 これに対し、お母ちゃんはさすが経営者一族、「ついに来たのよ、キングマートの時代が」と張り切っていたのであった。いつも王様気分のキングマート。しかし残念ながら、ついに来たのは栄光の時代が始まる日ではなくて、終わりの火だったが。まず、お客らがカンナを抱かせてほしいと無茶な要求をしてきた。池脇エリカちゃんの「あ?」という反応が良い。


 客は若い男ばかりで、とうとうカウンター内にも侵入してカンナを拉致せんとす。カンナを受け取って抱き上げたのは背の高い青年で、勝手に「運命の子」と宣言した。この目立ちたがりが、後に致命傷となる。カンナは人生最初の危機だったはずだが、先ほど羽田の爆破事件を察知して泣いていたのに、今は涙をこらえて顔をこわばらせている。漫画では逆でした。

 ケンヂが成田空港から戻ったのは、このタイミングであった。多勢に無勢であるが、単身で真正面から突入している。迫力勝ち。特に手ごわい相手は、オッチョがムエタイの達人を葬ったときと同様、頭付きで倒した。お元気か、ジダン。一流のサッカー選手は、意図的に接触するファウルのときでさえ手を使わないんだな。彼は世界一の一員になる好機を棒に振ってでも、家族の栄誉を守った。


 カンナを高く持ち上げて勝ち誇っていた長身の青年は、この間、赤ん坊を抱きかかえて奥のほうに潜んでいる。これは当座の対応としては悪くないと思うのだが、結局、ケンヂに運命の子を奪い取られてしまった。これが不首尾の「責任」になってしまう。

 店の外に転び出たケンヂを群衆が追おうとするのだが、いつでもどこでも助けにくるのは、小学生時代の例外を除き、ユキジのほうだ。ブルー・スリー号は青いスカーフを外してある。終業後で制服は脱いだか。ユキジは「噛め」と命令している。麻薬犬はそういう訓練までするのだろうか。リードがなければ、本当に噛んでいたかもしれない。店員二人と赤ん坊はこの隙に逃げて無事であった。


 襲撃側は、攻撃が下手だった上に諦めも早く、これだけの人数を頼みながら、早々に「失敗だ」の合唱が始まり、二番の歌詞は「誰の責任だ?」になった。全員が振り向いた先が、例の背の高い男であった。確かにカンナの誘拐担当としては失敗があったが、他の連中が何もせずに投降したから、こうなったのだろうに。

 責任者に灯油かガソリンのようなものをかける男も、かけられる方も漫画とそっくりだ。この前後には若干の逸話もあるので、映画だけ観たという方は、やっぱり細部も楽しみたければ漫画を読んでほしい。楽しい場面とは言えないが。


 以下はすでに書いたかどうか記憶が無いが、石油をかけられて相手が火をつける気配がしたら、うまく逃げても火が点いたものを投げられたりしたら終わりだから、相手に抱き着いて離れないという戦法をとるしかない。もっとも、相手も「自爆」するつもりなら道連れになってしまうが、閻魔様が違う方向に振り分けてくれることを期待しよう。

 コンビニは可燃物が多い。店のウィンドウが圧力で割れているから、火勢も相当なものであり、ウィスキーのビンなどが倒れて燃えたら大変である。案の定、ついに来たキングマートの日において、キングマートは炎に包まれ全焼した。映画ではその翌日、ケンヂはコンサート会場に殴り込みをかけることになる。


 もう昔のことなので書いても大丈夫か。一度だけ目の前で火災を見たことがある。小学校の低学年のころだ。少し歩いた先にあるバス通りに面して商店が点在するところで、おそらく当時多かった木造か木造モルタルの小売店舗だった。それが遠藤さんと同業の酒屋だったのである。この映像と同じように、大変な炎と煙であった。酒(アルコール)も燃えたのだろうか。

 大勢の野次馬とともに長いこと見上げていたのだが、消防車が来るのが恐ろしく遅かったという印象がある。次の日に行ったら、ほとんど黒焦げの柱しか残っていなかった。火事は恐ろしい。そういえば、知り合いの家族に消防士さんがいた。燃えている家に飛び込んで住民を助けにいこうとしたら上司から止められたそうだ。


 消火活動が円滑にできるように、消防士さんの服は行動の邪魔ならない程度の防火措置しかしていないらしい。耐火金庫みたいにしては、身動きが取れないのだ。したがって大火事の家に飛び込んでいったら、その人いわく「人間の蒸し焼き」になってしまうらしい。ケロヨンも無茶をしたものだ。WTCでは大勢の消防士が亡くなったが、あれはいきなりタワーが崩れて来たからだろう。

 上司の命令とはいえ、中に人がいるのを知っていたため、若き消防士は大変、無念であったという。しかし、最近、部下を持つようになって、あのときの上司の気持ちが分かるようになったとのことだ。

 
 映画では、平時のケンヂは今一つの店長ぶりだったが、漫画では彼もカンナを背負いながら張り切って働いており、大切な用事があって来訪したチョーさんもドンキーも、邪魔だてをせず帰ったほどだったのだ。

 さらにケンヂは、ずっと若いころ放火魔も追い払っている。しかし、この日を最後に遠藤家の小売業はその幕を閉じた。放火犯のもっと上にいる本当の責任者は、敵に回す相手を間違ったのだ。念のため、ユキジだけではないです。




(この稿おわり)





雪のうちに春はきにけりうぐひすの氷れる泪いまやとくらむ  二条后
(2016年2月10日撮影)






町火消しの「れ組」。創業者は大岡越前守。
(2016年2月21日撮影)














 Your lips are like a fire
 burning through my soul.

     ”Fireball”  Deep Purple










































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