おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

The Cassandra Crossing  (第945回)

 今日は映画「カサンドラ・クロス」が材料。英語の題名は上記のとおり、「クロス」ではなくて「クロッシング」になっている。十字路の悪魔とか、矢切の渡しとかのような、道路や鉄道や河川などが交差する場所をいう。映画は1970年代の作品で、先日たまたま観たくなって観た。

 最初から寄り道する。2006年に漫画「20世紀少年」にも何度か登場するヴァチカンに行ったとき、たくさんある美術館の一つで、学校の美術の教科書に載っていた彫刻を見つけた。ラオコーン像である。大理石の大きな像だ。美術館で買ったガイドブックによると、16世紀初頭に掘り出された。


 志賀島の金印みたいな話で、この像は千年以上も昔の本に出ていたため、作者まで特定されている。その古典の作者と題名も教科書クラスの大物で、プリニウスの「博物誌」である。プリニウス先生は博物好きが災いとなり、ベスビオ火山の爆発を調べに出かけ巻き込まれて亡くなっている。

 写真はヴァチカン美術館のサイトから拝借しました。まあいいでしょう、そもそもヴァチカンが作った物でもないし、カトリックと関係あるものでもないし。ラオコーンと二人の息子が苦しんでいる理由は、ギリシャ神話の故事によるもので、ヘビに巻かれているためだ。またヘビか。よりによって、またヘビだとインディ・ジョーンズも嘆いていたものである。


 トロイの木馬。最近ではパソコンに悪さをする何物かであるらしいが、本家はトロイ戦争のときにギリシャ軍が使った秘密兵器である(詳細略)。二人のトロイ人が、これは怪しいと見破った。一人は神官のラオコーンで、警告を発したばかりに、ギリシャの女神アテナの怒りをかって蛇に絞殺された。巻き添えを食らった息子さん達が余りに気の毒である。

 もう一人が王女のカサンドラだった。彼女は、これまた意地の悪いギリシャの神様アポロンに惚れられ、予言の能力を与えられる。しかし、自分がやがて遊ばれて捨てられるという運命まで分かってしまい、アポロンを袖にしたため彼女も怒りをかい、予言を信じてもらえない予言者となった。比べて見れば、ホームレスの神様はまだしも幸せ者である。


 英語の一般名詞としては、カサンドラは「破滅の予言」という意味で使われる。「ハルマゲドン到来」など。映画「カサンドラ・クロス」は、例によって人類を破滅させかねない黴菌の感染者が(どうして、みんなこういう設定が好きなんだ?)、欧州を走る長距離列車に乗ってしまったため、米軍と国連と乗客が迷惑をこうむるというサスペンス映画である。

 筋は観てのお楽しみとして、古い映画ファンとしては、俳優陣の顔ぶれがうれしい。主演は安藤美姫にそっくりのソフィア・ローレンと、その元夫役で実際には彼女よりもっと活躍するリチャード・ハリスが演じる医師。ハリスさんは後年、ハリー・ポッターの校長先生になった。


 悪役なんだか苦労人なんだか分からない微妙な軍人を、私の好きなバート・ランカスターが演っている。O.J.シンプソンもまだ普通の人だった時代なので、普通に登場する。何回か小欄でも取り上げた「第三の男」のアリダ・ヴァリや、「渚にて」のエヴァ・ガードナーも出てくる。

 列車は本来の路線から強制的に外されて、ポーランドに向かわされる。ポーランドも気の毒な国で、日露戦争時も第二次世界大戦でも大国に蹂躙されて、えらい目にばかり遭っている。この映画に地名が出てくるニュルンベルクで列車は乗客ごと密封包装されて、ポーランドカサンドラクロッシングで葬られる計画という破滅の道を進むことになる。


 ここから先は映画と関係ない。ニュルンベルクナチスが党大会を開催していた都市で、戦後に東京裁判と並んで国際軍事法廷が設置されたことでも知られている。以下は、最近の報道によると、複数のドイツ人が「日本は戦争についての反省や清算をしていない」等々の発言をしているようなので、少し腹が立ったから書く。

 私は大学で日本経済史を専攻した。時代でいうと江戸末期から太平洋戦争まであたりだから、おおむね近代経済史と言ってよく、この時代の経済は軍事と切っても切り離せない関係にある。民間の経済もそうだし、国家財政もそうだ。だから同時進行のような形で政治史も勉強していました。


 ここから先は専門書等で確かめることもなく記憶と自己流の解釈に基づいて書くので、詳しい方で「それは違う」というご意見があれば是非、教えを乞う。ニュルンベルク裁判と極東軍事裁判は一つ、大きな違いがある。後者は御承知のようにA級戦犯と名付けられた戦争指導者たちなど、個々人が被告になっている。

 しかし、ニュルンベルクでは、まずナチスという政党・組織が断罪され、オウムで有名になった共同謀議という犯罪で、その幹部らが裁判(という名の報復)を受けた。日本と異なり二段構えである。ナチスの犯罪とは戦争そのものというよりも、ホロコーストが問題視された。極東で人権蹂躙が問題になったのと少し似ている。殺し合いはお互い様だからね。


 ホロコーストはもちろん許し難い残虐行為であり、これに加担したものが断罪されるのは当然である。だが、それはナチスだけが罪をかぶり罰せられて終わりにするものなのか。ナチスは、当時も今も最も民主的と言われることが多いワイマール憲法のもとで政党となった。ヒトラーの総統就任も、ポーランド侵攻も、数字を覚えていないが国民投票の結果、圧倒的多数でドイツ国民に支持されているのである。

 極論すれば、ドイツ人たちはもちろん、それまでも、そしておそらくその後も、ユダヤ人を差別・迫害してきた欧州の戦勝国も、すべてナチスのせいにして頬被りした結果がこの判決である。と私は思っている。そんなドイツ人やアメリカ人に、どうこう言われる筋合いは全くない。映画「カサンドラ・クロス」も同様で、とにかくナチスだけが悪者で、あとは良い者なのだ。


 このままで終わると余りに後味が悪うございます。映画の話題で締めくくろう。バート・ランカスターを最後に観たのは、「Field of Dreams」であった。幻のごとき夢の球場に登場する昔の野球選手の一人で、今は医者になっている老人を好演した。その後まもなく亡くなっている。

 エヴァ・ガードナーは、一時期、フランク・シナトラのワイフであった。友人に、「あんな小男のどこがいいの」と訊かれたエヴァは、さすが聖母と同じ名前で動じることなく、でも彼の体重のほどんとは「あそこ」に詰まっているのと答えたらしい。シナトラの伝記「His Way」に出て来た(しゃれた名前の本です)。あそこがどこなのか私は知らないので、各位のご想像にお任せします。





(この稿おわり)







タイとウミヘビ。追いかけているというより、一緒に泳いでいる感じでした。
(2015年7月19日撮影)






  素敵な予言もある。
 「君がそれを作れば、彼はやってくる」

       W.P.キンセラ著「シューレス・ジョー」より。 
      (映画「フィールド・オブ・ドリームス」の原作小説)






















































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