おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

ノストラダムス  (第931回)

 連続して真面目なことを書いたので疲れた。せっかくの連休。休まなくては。今日から元のグータラ・ブログに戻る。お題は「よげん」にする。先日、新聞記事を読んでいたら、以前の小欄でも触れたように、オウムの被害者と信者を取材して本を出版した村上春樹がインタビューに答えていた。あれから20年だからだ。

 彼はインタビュー当時の印象の一つとして、少なからずの信者・元信者たちが(当然ながら、刑務所に閉じ込められているような大物凶悪犯ではない)、ノストラダムスの大予言を信じ、恐れていたという話をしていた。関係の出来事を時系列で並べると、地下鉄サリンは1995年、信者たちとの応答が掲載された村上春樹「約束された場所で」の出版が1998年、ノストラダムスの「人類滅亡の日」の予言が1999年である。

 
 村上さんの取材は事件から3年以内に行われており、かなり行動が早かったのが分かる。被害者や遺族の気持ちはそう簡単に変わらないだろうが、信者の中にはあのハクション大魔王のような男が逮捕されたり、自分が捕まったりした途端に言うことがころりと変わった者も多く(ぜんぶ嘘つきとは言わないが)、早いに越したことはなかった。

 しかも1999年の7の月だかに世界が終わると信じて疑わなかった人たちも、そのときが過ぎたらインチキに気付いてしまう。さすがに考えが変わるだろう。取材の当時は実際、ざっと読んでみて三人ほど本当にノストラダムス(正確には、その解説者)を信用していたらしい。


 なかでも私と同じ1960年生まれの信者は、「この世代というのはノストラダムスの影響がものすごく強いんです」と語っている。散々、ここで世代論を書いている私が言うのもなんだが、一緒にしないでくれる? しかもこの男はインタビュー時に「ノストラダムスの大予言に合わせて人生のスケジュールを組んでいる」とも言っている。その後どうなったか知りたい。無事リスケしたかな。

 私は1999年にカンボジア国に駐在していたので当時の日本がどうだったか、よく知らない。少なくとも周囲のカンボジアの健全な人々は、この世の終わりが来るなどと騒いではいなかった。上記の村上春樹の本は、帰国後の2001年に文庫本になったとき買って読んだ。いま手元にある。ラインマーカーが引いてある。めずらしく真剣に読んだらしい。


 新書版だったと思うがベスト・セラーになった「ノストラダムスの大予言」は中学生のころ読んだ覚えがある。1973年の発行だから、T.Rexが「20世紀少年」を発表し、昼休みの第四中学校に流れた年である。しかし、こんな胡散臭い本を自分で買ったとは思えないので(わずかな手持ち資金で、買う本は選びに選んでいた十代である)、誰かに借りたのだろうか。

 当方に影響は全くなかった。上記の証言は教団内の狭い仲間社会でのことだろう。ずいぶん先の話だなあと感じたことを、うっすら覚えている程度であり、それより「空から恐怖の大王が来る」というようなことが書いてあるだけなのに、なぜそれが人類滅亡なのか、さっぱり意味が通じなかった。この本が、しかしずいぶんと話題になったのは確かである。


 したがって、作者の浦沢さんは当然ご存じだろう。だがケンヂが「よげんの書」を書いていたころ、一般の日本人はノストラダムスの名前すら知らなかったはずである。ケンヂが誰の、何の影響を受けて「よげんの書」を書き始めたのか見当がつかない。分かっているのは悪の組織と戦う未来に熱狂していたこと。内容はオッチョがみんな考えてしまうので書記に回ったか。

 これは以前、書いたことだが預言といえば聖書であり、むしろフクベエの「しんよげんの書」のほうが、「きゅうせいしゅ」「きょうかい」「せいぼ」等々、キリスト教の用語が多く、バチカンに対する思い入れも”ともだち”のほうが強い。ちなみに、ノストラダムスとはラテン語であり、フランス語読みするとノートルダム、意味は聖母である。イタリア語でマドンナ。うーむ。


 1999年は通年で情報に乏しい海外にいたため、日本どころか世界でも何が起きたか全然、覚えていない。ちょうどこの年に中間管理職になったが、それがこの世の終わりの意味か。1999年の年表を見ても、これといって地球の上に恐怖の大王的な出来事はない。

 あえていえば先日、話題に出した国歌国旗法ができたのと、それよりモーニング娘。が「LOVEマシーン」でブレイクしたというのが大王風か。まったく、「海辺のカフカ」みたく、大王イカでも空から降ってくれば関係者も男を上げただろうに。


 教祖はこういう与太話を上手いこと利用して、弱っている人などをじわじわと脅しながら「私とともにあれば救われます」などというのだろう。さすがバチカンは、1960年に公表せよとファティマの聖母が言い残した第三の予言を封印したまま、オカルト・ファンをやきもきさせつつ、余計な騒動を避けている。その後の情報によれば、どこかで聞いたような話だが法王の暗殺らしい。

 かくて、「”よげん”なんてウソだよ」という”ともだち”の発言は、珍しく私と見解が一致したことになる。もっとも、そのあとで神と張り合い、一週間で世界を終わりにしますという予言的な声明を発表したにもかかわらず、ユダは山根一人ではなかったのが運の尽きであった。あんな大声で未来のことを語ったら、聞いた人の行動が変わるから未来も変わる。来年のことを言うと鬼が笑うし。




(この稿おわり)





これは何の葉っぱだろうか (2015年4月27日撮影)









 21世紀ってどんなだろう ドキドキして怖い感じ 

  − 「21世紀」 モーニング娘。 (1999年、この予言は当たり)





























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