おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

恥の大みそか  (20世紀少年 第916回)

 できれば今年の第一回ぐらい明るく楽しい話題を選びたかったのですが、そう思い通りにもいかないのは仕方が無い。せっかくの日曜日、久しぶりに時間ができて、話題は紅白歌合戦。この正月、親戚が10人ほど集まってお寿司を頂いていた昼飯の席上、今回の紅白は酷かったという話になった。

 なぜ酷いと思ったかという点は人によって若干の違いがあるものの、誰一人、反対しなかったとはどういうことか。私はもう十年か二十年か紅白など観ていないのだが、今回の大みそかは若い親類が来たので彼らとテレビを観ながら喋っているうちに被害に遭った。


 もっとも、若いのがテレビのチャンネルを時々、裏番組のお笑いに変えては戻していたので、半分ぐらい観たという感じか。この民放のお笑い番組の出来の悪さも特筆ものだったが、残念ながら紙面の都合で紅白に絞る。

 まず、前半の学芸会の騒ぎはいったい何事か。そもそも私は一曲も歌の名前を知らず、出演者もほとんど全く聞いたことがない。少年や少女の合唱団が多いが、ハーモニーさえつけられない。いつからか知らないが、紅白は素人のど自慢の年末大会になったらしい。ゴルフ用語でいえば日本オープンか。あの「のぎざか何とか」という方々は、なぜ自分らのグループに乃木という漢字が入っているのかご存じなのだろうか。山中博士も審査員席に縛り付けられてお気の毒に。


 後半も冴えず、印象に残ったのは別にファンでもないのだが、長渕だけだった。知らん曲だったが熱意のこもった歌唱であった。中森明菜の元気そうな笑顔を見られたのは嬉しい。だが声が出なかったね。練習不足だろう。もう南極越冬隊は出ないのか。最後にマダム・タッソーのような松田聖子が出て来た時点で、さすがに私も恐れをなしてお茶の間から逃げた。

 そういえば去年、どういう趣旨だったか覚えていないが、今の日本にお茶の間なんてあるものかと、どこかの評論家が書いておった。甘い。うちの実家は相変わらず1960年代と同様、和室に炬燵があり、おこたの上には正月ならお茶とミカンが載っている。なんせ静岡なんだから。なめたらいかんぜよ。


 そういうわけで紅白どちらが勝ったのかも、いまだに知らない。受信料をとっておいてこんな番組を作るより、紅白饅頭でも配ったほうが喜ばれると思うよ。他の人はどう感じただろうと疑問に思い、正月休み明けにネットや新聞で紅白の記事をみた。驚いたことにサザン批判の大合唱である。サザンオールスターズの出番は確かに自分も観たが、相変わらずバカやってんなと思った程度で、新年早々、ネットに悪口を書き散らすような出来事とは到底思えないのだが。

 この時期ぐらい、ゆったり休めばいいと思うのだけれど、政権批判も紫綬褒章の取り扱い不注意も許せない反日的行為であるそうだ。いつから日本人は、こんなに政権や勲章が好きになったのか。正確に言うと私も皇室は有難い存在だと思うが、もらった勲章をどうしようと自由ではないのか。いつかオリンピックの金メダルを電話ボックスに忘れた勇者がいて、日本中大笑いだったように思うのだが、いま同じことをしたら非国民なのだろうか。


 私が高校生だったころのデビュー以来、サザンはずっとこういう調子であり、そもそもロッカーは時流に逆らい、他人と違うことをするのが商売の一部である。そういう意味では批判されても平気なはずで、なぜ謝罪なんかするのだろう。おそらく所属の事務所にクレームが殺到したので面倒くさくなったな。言い返せない相手を選んで罵倒するのが当節の流行りである。すぐにみんな次のターゲットに殺到するのが目に見えているので、この程度で充分だと決めたのだろう。

 私の知る限り、桑田ほど英米のロックやブルースを唄える歌手は日本にいない。英語の発音は今一つだけれど、間違いなく彼の成分表示も、純国産ではない。そして彼がビートルズの(おそらく特にポール・マッカートニーの)大ファンであることからして、この先輩グループが起こした勲章騒ぎのことを知らないはずはなかろう。要するに当日の彼は、ビートルズチャプリンのマネをしただけで、これを政治行動だと真面目に受け止めて興奮するほうが私には気色悪い。


 1965年、英国政府はビートルズのメンバーにMBEという勲章をくれてやることを決め、ハー・マジェスティーエリザベス女王から授与された。受勲の理由は、米国や日本でも売れたおかげで「外貨獲得に貢献した」というマクロ経済的な、貿易収支に関する事情である。さすがはハードロックの母国、文化などとは間違っても言わなかった。

 これに対して不満を噴出させたのが、第二次世界大戦における活躍でMBEをもらった退役軍人たちで、同じものを持っている訳にはいかんということで勲章の返上運動が起きた。追い打ちをかけるように、「戦争してもらったものより、自分たちのほうが価値がある」という意味のことを愛と平和のジョン・レノンが放言し、騒ぎはなおさら楽しいものになった。


 1966年、初めてのアジア・ツアーで来日したビートルズは、記者会見の席上で「例の勲章は今どこにある?」と取材陣から訊かれ、目の前にあるコーヒー・カップか何かの下に敷かれていたコスターを拾い上げて振り回し、ここだよと返事をしている。

 後年、ジョンはこの勲章を返上した。理由はイギリス政府のベトナム戦争支持という集団的自衛権風のものと、「コールド・ターキー」というジャンキーを唄ったシングルの売れ行き不振であった。後者は、外貨獲得に貢献できなくなってきたのでお返しするという論理だろう。この曲で頭が痛くなるようなリフを弾いているのは、おなじく麻薬中毒でのたうちまわった仲間のエリック・クラプトンである。


 せっかく騒動を起こしたのに、何も変わらなかったか...。ところで先日、仕事で二十代前半の会社勤めの女性と仕事の話をしたあとで、雑談に移ったのだが「レコードを見たことがない」という。20世紀生まれのおっさんとしては責任を感じ、この娘さんにレコード盤の解説を試みたのであるが、その現物もないのに説明するのは至難の業である。

 黒くて平たくて丸くて大小ある。間違いではないが、その辺で力尽きた。しかも、それがどうやって音を出すのかと訊かれては手も足も出ない。当方にとっては、だんだんと住みづらい世の中になってきているので、今日ぐらいの暴言はご容赦いただこう。本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。




(この稿おわり)






だけど僕にはプレーヤーがない。 (2015年1月2日撮影)






 いま君は人生の大きな大きな舞台に立ち
 遥か長い道のりを歩き始めた

           「乾杯」   長渕剛






















































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