おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

自作自演 (20世紀少年 第903回)

 1960年代前半にビートルズストーンズボブ・ディランらが群がり出て、作詞・作曲・演奏・歌唱を全部、自分(たち)でやるというスタイルが流行り、定着した。日本でもフォークやロックの草分け的な大先輩や、グル―プ・サウンズからニュー・ミュージック(すごい名前)まで、自作自演が当然のことのようになった。

 それまで、というかその後もしばらく、日本の流行歌や演歌は分業体制であった。プロの作詞家と作曲家と歌手とバック・バンドがそれぞれの専門分野で働いていたのだ。1980年ごろ私の知り合いがアイドル歌手のバック・バンドにいたことがあるのだが、当時の歌謡曲の演奏は相当の腕がないと務まらないと聞いたことがある。


 自作自演がカッコ良い時代が来て、おかげさまでここでも散々引用してきた拓郎やみゆきさんが活躍するようになったわけだが、このあおりをくらって専門の作詞家や作曲家が、なかなか育たなくなってしまったように思う。特に今や詞が悲惨である。どうやら日本語らしいのだが意味が分からんようになった。

 この傾向は私の場合、1980年代はほとんどテレビを聴いていないしアメリカでロックばかり聴いていたのでよくわからない。しかし、90年代に帰国したころは、すでに様子がおかしくなっていた。例えば、私はスピッツの歌が好きで、カラオケでは必ずと言ってよいほど歌うのだが、好きなのはメロディーやリズムであって、歌詞は言語明瞭・意味不明である。


 それでもまだ当時はZARDシャ乱Qの歌詞なら分かった。でも、最近は少なくとも私にとっては壊滅状態である。夢とか信じるとか綺麗な単語が並んでいるが、何も訴えてこない。ポピュラー・ミュージックに関してに限り、私は本当にいい時代に生まれ育ったものだと思う。

 君が先に眠るまで、もったいないから起きてる。ああ、明日の仕事とか多分つらいんだけど。


 さて、ケンヂはどうか。彼のバンドは1980年代後半に活動した模様だが、ほとんど売れなかったらしい。追っかけにはモテたようだが、肝心の音楽は「そのうちわかってもらえる」はずのまま、バンドは空中分解した。しばらく小売業に転じたケンヂだが、店舗の放火という災難に遭い、地下に引っ越してソロ活動を始めている。
 
 読者の知る限り、また少女カンナも証言しているが、こちらもなかなか売れなかった。ようやく拍手してもらった「ボブ・レノン」はヒットしたが、すべて勝手にラジオやカセットで流されてしまったため、本人には何の著作権料も出演料も払われていない模様である。


 では、その歌の出来栄えはどうか。一番街商店街で拍手してくれた二人の青年によれば、「その年齢でそんなことやってるお兄さん見てると、なんかちょっと不安な気持ちが軽くなるんスよね」というコメントがあり、要するに評価されたのはケンヂの年齢と態度であって歌ではない。

 そもそも、しょっぱなから本人がボブ・ディランジョン・レノンのパクリだと第8集で正直に白状しているため、自作自演の生命とも言うべきオリジナリティに疑惑が残る。とはいえ、どうやら特定の歌を剽窃したのではなさそうなので(あの二人がコロッケとかカレーとか歌うとは思えんし)、多少コード進行が似ているくらいなら、よくある話だから良しとしよう。


 歌唱力については蝶野刑事に酷評されており、また、漫画では演奏と作曲について窺い知ることができない。歌詞はチョージャ村の農民たちが、これを聴いていると自由になれるような気がするとケンヂの曲想を見事に受け止めているのが印象的であった。DJコンチが気に入ったのは、そもそも同じ音楽を聴いて育ったのだから当然ちゃ当然です。

 ケンヂが願っている「こんな毎日がずっと続きますように」という「こんな毎日」とは、その前の歌詞からすると「夜になったら、みんな家に帰ろう」という意味かと思う。コンビニの営業実態とやや矛盾するような気もするが、まあ余り揚げ足を取るのもよそう。


 なお、どうせボブ・ディランジョン・レノンを真似るのであれば、使ってほしい楽器があった。ハモニカ。二人が好きな楽器だったし、この音が入るとブルース色が出て素敵なのだ。私が小学生だったころ、途中で音楽の学習指導要領が変わり、ハモニカが廃されてピアニカになった。理由は生徒への指導が困難というものであったらしい。つくづく惜しい。

 ジョン・レノンはロック・バンドに在籍しながら、しばしばエレキを肩から降ろして、アコースティック・ギターを演奏している。シングル「HELP!」の彼のリズム・ギターなんか、実に見事なものだ。ともあれ、自作自演は本来ポジティブな意味であるのに、”ともだち”による「よげんの書」の自作自演で台無しになった。滅びて当然である。



(この稿おわり)





今年は朝顔の咲きっぷりが良くて拙者もご機嫌である。
(2014年8月14日撮影)





 
 限りない揉め事も嘘も 
 別れだとなれば懐かしい

           「積み木の部屋」  布施明


















































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