おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

Satisfaction

 前回の続き。キース・リチャーズは途中からジャケットを脱いで、ピンク色のカーディガン姿になっている。ロン・ウッドも革ジャンを脱ぎ捨てて黄色のTシャツ姿になった。いつまでたっても原色の似合う人たちなのだ。キースはバンダナも巻いていた。

 二十代の後半だったか、アメリカでストーンズのインタビュー集を読んだことがある。キースはこんなふうに語っていた。ロニーの奴がときどき生意気なことをいうので言い返してやるのさ。おまえ、まだ入って十年目だろう? そろそろ三十年くらいになりますか。


 キースが歌った二曲のうち最初の作品は知らなかった。記録によると「Slipping Away」という曲である。その次はもちろん知っている。「Happy」。今日のみんなの歌だ。

 ミックがステージ中央に戻り、「Midnight Rambler」が始まる。それまで背後でコーラスを担当していたリサ・フィッシャーが、前に出てきて一部リードを取り最後はツイン・ヴォーカルになる。およそ人類の女から、こんな大声が出ているのを観たことも聞いたこともない。おそるべし。


 この歌から最後までの7曲のラインナップを見ていると、ストーンズが格別へヴィーなナンバーを選曲してきたのが分かる。12曲目は「Miss You」、聴衆がコーラスに加わる。13曲目は何と「Paint It Black」であった。キースのギターはスタジオ録音より冴えているくらいだ。

 実際、この夜の彼は好調だったように思う。昔、ロック・バンドをやっていた男から聞いたことがある。日によりメンバーの調子に良し悪しがあるので、その日に元気な奴がバンドを引っ張るんだと。ストーンズは最後の何曲かにおいて、意識してキースをフィーチャーしたのかもしれない。


 14曲目、ファルセットでおどろおどろしく始まる「Gimme Shelter」。手遅れだったか、万丈目。次は中央奥からマシンガンみたいにギターを抱えて出てきたキース・リチャーズが、イントロの演奏を担当する我らの「Jumpin' Jack Flash」。ホウキギターの生みの親だ。

 スクリーンが炎と燃える木々の映像を写し出し、「Sympathy For The Devil」のパーカッションが始まる。日米友好のためにも、ケネディ大使、余りに言いたいこというとルシファーの目に留まるかもしれないので注意申し上げます。


 最後の曲は私もこれだけは是非やってほしかったと願っていた「Brown Sugar」であった。客席の元気も衰えをみせない。彼らが大合唱したブラウン・シュガーが何を意味するスラングなのか、諸説あるがどれも凄い話であり、ここで紹介するのは遠慮する。オリジナルどおりの間奏のテナーが聴かせる。

 ちょっと間が空いた。特別コーラス・グループの準備のためだったのだろう。日本の学生さんたちらしい。ストーンズ・ナンバーも合唱で始まる曲は少ないと思うが、アンコールの一曲目、「You Can't Always Get What You Want」はその例外である。


 メンバーはいつの間にか着替えている。ところで或る心理学者によれば、歯を見せて笑うときの笑顔は、上あごの歯のほうを下よりも少し大きく見せる方が感じよくみえるらしい。例えばぺ・ヨンジュンがそうだという。先日、上村愛子もそうだなとテレビを観ていて思った。

 そしてストーンズにはキース・リチャーズがいる。締めの一曲が始まる前、キャメラ破顔一笑してギターを弾き始めるキースの笑顔を横からとらえた。観客は生涯この光景を忘れないだろう。おそらくロック史上で最も有名なリフが響き渡る。


 ”I Can't Get No Satisfaction”という表現は、お座敷小唄の「雪に変わりはないじゃなし」と同様、口語の文法で強調のための二重否定である。彼らは半世紀を超えて演り続けているが、まだまだ満足していないのだろう。

 ゲストのメンバーも仲間に加えて、彼らは肩を組んで並び、お辞儀をして去った。ザ・ローリング・ストーンズに永遠の栄光あれ。ジジイになってもロックをやっているすげえ奴らは確かにいたのだった。




(この稿おわり)





ホウキ・ギターズ (2014年1月19日撮影)
















I look inside myself and see my heart is black.


             ”Paint It Black”  The Rolling Stones











































.