おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

帰ってほしいヨッパライ (20世紀少年 第820回)

 裏町酒場ロンドンのテーブル席で、「俺はなぜ死んだ」と万丈目は尋ねた。上巻の132ページ目。ケンヂも忙しい身の上なのに、死人に死因を解説する羽目になった。「高須って女いるだろ」とグラスを傾けながら、興味なさそうに言う。「あいつに撃ち殺されたんだってよ」と伝聞調で続けた。ユキジかオッチョから聞いたんだな。

 万丈目は「高須!!」と目を剥き、「あの女!!」とわなないている。だがなぜか理由は問わなかった。心当たりがあるのでしょうか。フクベエが死んだとき、万丈目と高須は同じ家にいて同じガウンを着ていた。万博の開幕式でも同伴で見物していた。だが、あの男が復活してから多分、別れた。高須がご老体を見捨てて新しい男に走ったのだろうな。

 
 ところで、私はマスコミが用いる男と女、男性と女性という言葉の遣い分けが気に入らない。なぜ容疑者や犯人は男や女で、被害者は男性や女性なのだ?? 男と女という立派な和語の差別である。男性・女性という表現は学術や医学や行政などで両性の区別をしなければならない時に使うお堅い言葉であって、日常は男と女の世界なのです。「あの女性!!」では言葉に血が通わない。

 それに濁音で始まる言葉は乱発すると猛々しく聞こえる(濁音で始まる苗字のかた、済みません)。だが、今や職場でうちの女の子などと言うと即刻セクハラおやじの烙印を捺されるので女性、女性と連呼するようになった。みなさん、発音しづらくないですか。いい年して女子を名乗るのも見苦しい。「女」だけだと演歌みたいで生々しいなら「女の人」で充分。


 ケンヂが誰かから聞いたところでは、万丈目は「ヴァーチャル・アトラクションやってる最中に撃ち殺されたらしい」。オッチョたちが見たときには、彼の亡骸はアトラクション用のヘッドフォンを首にかけていたので、そういうふうに受け止めたのだろう。そして今、ケンヂの目の前には証人というのか証拠というのか、他に説明のしようがないバーチャルのバグがいる。

 ケンヂの口調が砕けてくる。「だからなんてゆーの、思念だけこっちに残ったってゆーの?」と早くも酔いが回り出したか。まさに酒でも飲まなきゃやってられない席であろう。思念・万丈目はそれどころではなく愕然と下を向いたままだったが、今のあんたは一種の幽霊ってわけだとケンヂに言われて、事態の深刻さに気付いたらしい。高須を呪っている場合ではない。


 この世界自体が幽霊みたいなもんだから仕方がないというケンヂのヴァーチャル・アトラクション論が面白い。言われてみれば死んだ人間や過去の人間ばかりがうごめいている。万丈目は水割りをグビグビとあおり、「なんで俺がこんな目にあわなきゃいけないんだ」と落ち込んでいる。ケンヂ、サキイカ(推定)を食いながら「まあ自業自得ってやつだな」と断罪。

 ここから万丈目の昔話が始まる。ちょっとだけ有名人になりたかったらしい。業界の人になって、ひとのことを「ちゃん」付けで呼びたかったらしい。甘いな。私はできたらお互い呼び捨てで済んでいた若いころのようになりたい。田舎を抜け出た代償は大きい。


 このあとで万丈目が、かつて流行りそうなものに片っ端から手を出したと挙げているいるもののうち、私の小遣いで買えたのは絵だけ描いてあるスーパー・ボールだけだった(注:アメフト全米選手権ではない)。煽り文句はすべて「NASAが開発」だったというが、ローラーゲームもプロレスもNASAの看板を背負ったのだろうか。「ゆりげらあ」も誘ったらしいが、「曲がったスプーンひとつ送っちゃ来ねえ」とは傑作だな。ユリちゃんもアホらしかったのだろう。

 「みんな、あいつがいけないんだ」と万丈目は結論みたいなものを出している。黙って聞いていたケンヂもここにきて「あいつって」と合いの手を入れた。万丈目は「若い頃の俺だ」と叫んだ。これは自分を責めているのか。何だか人のせいにしているように聞こえるが気のせいだろうか。案の上、昨日、ぶん殴ってやったと威張っているから人のせいなんだ。


 あいつさえちゃんとしてりゃ、後の世の中あんなことにならなかったと万丈目は、さすがに少しばかり肩を落としている。「ガキ共をそそのかして一旗あげようなんてバカなことを...」と言うのだが、前後の脈略からすると例のスプーン曲げ少年Aのことを言っているらしい。確かに万丈目はスプーン曲げとともに本作に登場し、スプーン曲げとともに去ることになる。

 「逆にそそのかされてたのは自分だったってか」とケンヂ。「こんなもんつけて、ヘラヘラしてやがった」と万丈目。国会議員のバッヂを見ている。国鉄がタダ乗りできたのはともかく、既に民営化されているのに今も無賃乗車とは不自然ではなかろうか? ケンヂは「バッヂか...」と別のことを考えている。あとは悪い酒である。


 万丈目は勢いよくバッヂをロンドンの床にたたきつけて、俺がなりたかったのはこんなんじゃねえと勇ましく吠えたが、「俺がなりたかったのは」の後が続かない。「なんだったんだよおお」と泣いちゃったのであった。泣き上戸でしたか。ケンヂも付き合いきれず、「あの、お姉さん」とおかわりを所望する。お姉さんね。かつては坊やだったが。

 ヴァーチャルなのに腹が減ったらしい。乾き物じゃなくて何か料理はと注文を重ねている。お姉さんいわく、今ママがいないので(ママしか料理ができないのか)、たたき売りが売ってた宇宙食カレーならあるけどと例のレトルトを見せた。あれを買ったの? だが万丈目はお客様に向かって、「そんなもん食えるか」と激怒した。実際、余ほどまずかったのだろう。


 お姉さんはいきなり怒鳴られて迷惑そうだ。ヨッパライの権幕もすさまじいが、お姉さんにしてみればそもそも食わずして何故わかる。万丈目はこの後も態度が悪く、世が世なら出入り禁止を食らっても仕方がない。こういう店で暴れると怖いお兄さんが出て来るのを知らないのだろうか。

 果たして他に料理は無かったらしく、宇宙食カレーが二人分が出てきた。見た目は普通のカレーライスであるが、カレーが好きなはずのケンヂでさえ、一口いただいただけで「ひどいな、こりゃ...」と絶句している。だから、やめろって言ったろと無責任な万丈目。このへんで彼が死んだ話は一段落したらしく、次の大事な話題に移る。反陽子ばくだんと”ともだち”の正体。



(この稿おわり)







万丈目の愛車といえば。
業界の人とか、怖いお兄さんとかが乗るやつ。
(2013年11月18日撮影)




 素肌に毛皮の女が たたずむ
 一回こっきりの 夜を拾い
 異国のさみしさ まぎらす

 裏町酒場 コペンハーゲン
 誰もが みなしごの天使


   「コペンハーゲン・パーク」   柳ジョージ&レイニー・ウッド














































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